60 / 61

第60話 奴隷商の実態

「ブリューノ、どういうことか説明してくれ。何故この者を探していたのだ」 「気になっていたんだ。君からマリユス君の話を聞く度、引っかかる部分があってね。それはバルテルシー街へ行った時の報告を受け、疑問がより鮮明になった」  ブリューノは地面に平伏している商人の頭の前に立ち、見下ろした。 「不思議だと思ったんだ。見つけられない奴隷商が存在しているなんて。マリユス君の発情期が始まり、部屋に篭っている間に、僕はもう一度ブランディーヌ夫人に書類を借りた。そして一から調べ直した。その結果……」  商人は脂汗を滲ませ、怯えている。 「まさか……」エリペールは呟くと、ブリューノの隣へ移動し同じように商人を見下ろした。 「違法に商売を行なっている施設だったというわけだな」 「その通り。あの書類に書かれていた名前から戸籍を調べると、全くの別人が出てきた」 「成り済まし……か……」 「しかも足がつかないように、定期的に名前を変えていた。貢納から逃げるための闇組織と言える施設だ」  きちんと商業ギルドに登録がされていない施設……だからバルテルシーもその場所を知る由はなかった。グラディスは暗殺者との繋がりを持ったほどであったから、もしかすると情報の発信源もそこかもしれないと思った。 「つい先日、その奴隷商に立ち退き要請に出向いた役所から、こいつだけを取り逃したと報告を受けていたんだ。公爵家に買われたマリユスを知っているのなら、もしかすると頼りに接触を図るかもしれないと思い警戒していたんだが、こんなにも堂々と姿を現すとはね」  エリペールは「無知とは実に恐ろしい」大いに反省をしつつ、騎士団に強制連行を命じる。 「待ってくれ!! マリユス、お前はワシを裏切るというのか!! お前のようなオメガに高額を支払わされ、その上、十年以上も世話してやったではないか!! 恩を仇で返すのか。お前一人だけ貴族様に買われて良いご身分だな!!」  商人は連行されながら叫び続ける。 「黙れ!」騎士が怒鳴るがお構いなしにこちらを振り返り、僕を罵倒した。   「公爵様に腰を振って、たんまりとご褒美をもらっているんだろう! オメガの性奴隷が公爵様と結婚? 余程、下の具合が良かったんだな」  騎士に抵抗しながらも、僕への怒りは収まらなかった。  これには公爵家も激怒し、一番長く苦しみが続く刑罰を与えると決定付けた。 「マリユス、私の言うことだけを聞くんだ。あんな捨て台詞を間に受けるな」  エリペールが走り寄る。 「僕が奴隷だった過去は一生消えません」  大粒の涙が頬を流れる。  どうにか立っていたが、騎士の腕をすり抜け蹲るまる。辛かった記憶が呼び起こされ動けなかった。   「そんな過去は全て抹消している。マリユスは愛されて生まれてきた。私は別の場所に君がいたとしても、絶対に見つけ出した自信もある。罪人の言うことに嘘も真実もない」  エリペールは僕を抱き上げ、人集りの出来ている真ん中でキスをした。 「私が愛しているのはマリユスだけだ。ここにいる全員が証人だ。マリユスがオメガで良かった。揺るぎない絆を結べるのだから」  再びギャラリーに見せつけるように何度もキスをする。「さぁ、証明しろ!! ここに私たちの結婚を反対する者はいるか!?」エリペールの投げかけに、観衆から拍手が沸き起こる。  音楽隊が祝福するように演奏を始める。 「踊ろうではないか!! 私たちを祝いたまえ!!」  軽快なリズムに合わせてダンスパーティーが始まる。  街の人たちも好き好きに音楽に合わせて踊り出す。  エリペールの計らいで、街にお祝いムードが戻っていく。  時間が随分と押してしまったが、そのままの勢いでバルテルシー街までパレードは続いた。  ここでも領主の息子がパレードをすると楽しみにしていた領民たちが盛大に祝ってくれた。  情報を流してくれたお喋りな店主と目が合うと、店主は僕の顔を見て目を丸くしていた。  トラブルはあったが、クライン公爵とゴーティエたちが力を合わせて全ての対応に当たってくれたことに感謝する。  その後、あの施設の奴隷たちはしっかりと管理された場所に移され、石積みの塔は取り壊しが実行された。  僕はどうしても奴隷たちを放っておく事ができず、いくつかの施設を訪問し、奴隷にも教育を受けさせる提案をする。ラングロワ公爵家がそうしてくれたように、他の奴隷にも最低限の読み書きを教えたい。  子供の頃、家庭教師のディディエが楽しく厳しく根気よく教えてくれたのを思い出す。  施設の人たちも「読み書きのできる奴隷は買い手がつきやすい」と喜んでくれ、ボランティア活動として簡単な勉強会を行っていた。  その内、手伝ってくれる人も出始め、僕が施設への訪問が困難になる頃には勉強会の活動も他の人へ一任した。というのも、僕自身に施設に通えなくなる理由が出来たのだ。  僕のお腹には、新しい命が宿っていた。

ともだちにシェアしよう!