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【完結】第61話 新しい家族

———六年後——— 「お母さま、今日はお散歩に出かけられそうですか?」  五歳になった息子のアントワーヌが自室を訪ねてきた。 「そうだね。天気も良いし、体調も良いから、ハーブ園で収穫をしましょうか」 「わぁ! それならば、ティータイムにリリアンにお茶をいれてもらいましょう!」  僕の手を取り、エスコートしてくれる。  アントワーヌは子供の頃のエリペールにそっくりだ。明るい金色の髪も、ぷくぷくした頬も、大きな眸も。僕を見つけ出してくれたあの日の輝きを思い出す。それはまるで時を戻したように鮮明に、本物の天使を見たような気持ちにさせてくれるのだった。  アントワーヌは「お父様のような人になりたい」とよく話してくれるが、しかしエリペールへ向けた気持ちは憧れというよりライバルのように捉えられる。   「わたしだって、お母さまを守ってあげたいのです」  一段一段、階段を降りる際も気遣ってくれる。  誰もこんな気遣いを教えていないのに、アントワーヌは自主的にエスコートしてくれる。  そんなところまでエリペールにそっくりである。    エリペールとは違い、三歳前から一人でも寝られるが、僕はそれを少し寂しく感じてしまう。    お腹に二人目の命を宿している今、アントワーヌと二人きりの時間は間もなく取れなくなる。 「たまには一緒に寝ましょうか」  自分から誘ってみたりもするのだが、子供扱いをされるのが相当嫌なようで「けっこう。わたしは一人でねられますから」手で突っぱね、即答で断られてしまう。  そんなだから、こうして日中の内にアントワーヌと過ごす時間はとても貴重なのだった。 「そういえば、三日後にバルテルシー街からテオドール様がお見えになるそうですよ。今日はたくさんハーブを摘みましょう」 「テオドールお兄様が!? ならばカモミールとミントは欠かせない。あとはラベンダーと……」  テオドールとは、バルテルシーが養子に迎えた子供で、今年初等部を卒業する十歳の男の子だ。  テオドールは、アントワーヌが生まれた時から本当の兄弟のように可愛がってくれていている。なので大好きなテオドールに会えると分かれば、迎え入れる準備に大忙しのアントワーヌなのだった。  ガゼボに座り、ハーブを積む姿を眺めていると、エリペールがやってきた。 「マリユス、アントワーヌ。ここにいたのか」 「お父様、今日はいそがしいのです。ハーブを沢山つまねばならないのです」 「そうか、一人でこんなに摘んだなんて偉いな。さっきピアノの先生に会ったのだが、アントワーヌを褒めていた。今日のレッスンは難しいのに、直ぐに出来るようになったんだって?」 「はい! 早くお母さまにきかせたくて、たくさんれんしゅうをしましたから」  上手だったねと隣から言うと、アントワーヌは喜びつつ照れて耳朶を弄る。 「そう言えば、お祖母様が葡萄園に行かないか? と探していたが、忙しいのであれば断っておこうか?」 「ぶどう園!? 行きたいです。お母さま、ハーブはお任せしてもいいですか?」 「うん、美味しい葡萄を持って帰って来てくださいね」  アントワーヌが侍女を引き連れ、意気揚々と走り去った。 「マリユス、具合はどうだ」  大きくなったお腹を撫で、服の上からキスをする。 「もうすっかり良くなりました。エリペール様、アントワーヌをわざと行かせましたね?」 「さぁ、どうだか。マリユスと二人きりになりたいのには間違いないが」  このところ公務が忙しかったから、甘えたいのだろうと思った。僕の首元に鼻を擦り寄せ匂いを嗅ぐ。これが一番の癒しなのは今も変わらない。 『匂いだけはアントワーヌにも奪われない、特別なものなのだ』なんて子供と張り合う一面には笑ってしまう。   「アントワーヌは、テオドール様のバース性が気になって仕方ないようです。絶対にアルファで、自分もアルファなら、テオドール様のように何でも出来る人になれると信じているようです」 「血は繋がっていないとはいえ、テオドール君は良き兄だ。良いお手本が近くにいると頑張る活力にもなる。私は兄弟がいないから、羨ましく思う」 「そうですね」  僕もずっと一人だったから、エリペールの気持ちは理解できる。  なので子供は最低二人は産んであげたいと、話し合っていたのだ。一一一エリペールは三人欲しそうであったが、僕の年齢的にそこは諦めた一一一   「お父さま! おばあさまが、男手が必要だから一緒に来て欲しいとおっしゃっています」  一度は走り去ったアントワーヌが戻ってきた。 「そんな話は聞いていないな……」 「今、呼んできてほしいとたのまれたのです。早くいかなければ、おばあさまが待ってますよ」 「いや……私は、ここで……」 「早く早く」  アントワーヌもエリペールに負けてはいない。  無邪気さの中に、しっかりと負けん気の強さを持っている。  エリペールは「子供の頃の自分に似ている」とボヤきながら、アントワーヌの手を取った。 「では、夜に……」耳元で囁きながら、見せつけるようにキスをする。アントワーヌは「お父様だけズルいです」と言って、反対の頬にキスをする。 「今日は、お母様に一番おいしいぶどうを採ってきますね」 「聞き捨てならない。それは私の役目だ、アントワーヌ」  言い合いながら、今度こそ葡萄園に出かける背中を見送る。 「もう、どっちが子供なのか……」  歩き姿までソックリだと、今夜教えてあげようと思った。  振り返り大きく手を振るアントワーヌに応えて、僕からも手を振る。  来年は、より賑やかになっているだろう。  奴隷だった過去は、結婚式の日に捨てた。  どこまでも広がる青空と、吹き抜ける風、花やハーブの香り、芽吹いた命……。 『今』が未来へと繋がる。  僕はしっかりと前を向いて歩いていける。  家族(みんな)と、いる限り……。

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