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第24話
九条は言った。太賀を壊してしまうかもしれないと。それが現実に近いことになったことは言うまでもない。
あの初めての繋がりから九条は、一度も萎えることなく太賀を攻め続けた。それは丸一日、飲まず食わず睡眠も取らずという状態で続いた。
太賀の発情も九条の昂ぶりも、繋がれば繋がるほど熱量を増加させ、二人欲望を爆発させながら狂ったようにお互いを求め合った。場所を変え、体位を変え、際限なく生まれる欲望を、お互いに獣のようになって満たし合う。
以前九条は言っていた。運命の番同士の性行為はどんな麻薬よりも凌駕すると。それは嘘ではなかった。二人が繋がると、まるで体を引き裂くほどの強いオーガズムが生まれ、太賀と九条は完全にそれの中毒になった。
お互いに何度達したか見当もつかない。まるで磁石のように引き合いながら、体力が続くまで繋がり続けた。
番になるための儀式をしたのは、自分たちが丸一日、寝食を忘れて繋がり合っていたことに気づいた時だった。
九条は太賀のベッドに脚を開いて腰かけると、自分に背を向けるようにして太賀を自分の上に座らせた。そして、太賀の股を開かせると、自身の昂りで太賀の秘部を下から激しく突き上げる。
突き上げられながら太賀は九条に胸の突起を指で掠められ、さらに耳の穴を熱い舌で掻き回される。そのイヤらしい舌の音が、太賀の耳の中でぐちゅぐちゅと響いた。
九条は太賀の腰を両手で掴むと、太賀の腰を上下に動かしながら、太賀のそこに自分の昂ぶりを更に深くぶつけた。
「ああっ、はあっ、はあっ……く、九条、さっ、ん」
太賀は九条から落ちまいと、必死に引き締まった九条の太腿を掴んだ。でも、その激しい突き上げに、何度か九条の性器が太賀の秘部から抜けてしまう。九条はその度に、太賀のそこにまた自身の昂ぶりを刺し入れ、太賀の腰を絶妙に動かしながら快感を与え続ける。
「ああっ、はあっ、く、九条……さ、んっ、お、おれ、もおっ……げ、限、界……かもっ……」
ぐったりと仰け反りながら太賀は九条の肩に自分の頭を預けると、焦点の定まらない目で九条を見上げた。九条はそんな太賀を見下ろすと、『すまない……太賀、これで最後だ』と言って太賀の頭を持ち上げ、太賀の項にそっと唇を這わせた。太賀は自分の項に九条の唇を感じると、『ついに』という期待と不安で、心臓がバクバクと動悸を速めた。
(項を噛まれるって痛いのかな……)
九条は太賀の僅かな恐怖を感じ取ったのか、リラックスをさせるように、太賀の項に顔を埋めながら、背後から太賀を両手で包み込むように抱きしめた。
その時、九条は太賀の耳元に優しく囁いた。
「痛くならないようにする……だから、太賀、俺と番になってくれ……」
その言葉を合図に、九条はまた太賀の腰を掴むと、自分と太賀の腰を絶妙に上下させながら自身の昂ぶりを打ち付ける。
「ああっ、ダメっ、ダメっ……まっ、またっ、きちゃう!」
太賀は目の前にチカチカと散る星を見つめながら考える。
もし、自分がオメガでなかったら、多分一生こんな愉悦を味わうことはなかっただろう。九条が太賀の匂いを特別と感じ取ってくれたから、九条は太賀を見つけることができた。そのことへの心からの感謝と悦びで、太賀の胸は焼けるほど熱くなる。
「はあ、はあ、ええっ……も、もちろんですっ……ああっ、はあっ、く、九条さん、で、でも、た、例え俺が、運命の番じゃなくても、はあ、はあ、お、俺と一緒に、いっ、生きて、くれますか?」
太賀は九条から与えられる愉悦に耐えながら必死にそう問いかけた。九条は太賀の問いかけに、僅かに間を置くとこう言った。
「はあ、はあ、ああ……お、俺は死んでも、太賀を離さない!」
九条はそう叫ぶように言うと、自身の昂ぶりを太賀の秘部に猛然と打ち付けながら、太賀の性器を掴み扱いた。太賀は、性器を扱かれて起こる射精感と、秘部を奥まで抉られる快感の、その両方のオーガズムが同時に押し寄せて来るのを感じると、体をビクビクと痙攣させる。
「はあああっ、イ、イクっ、イクぅ! あはっ、はああ……あっ、あ……」
太賀は自分の項に僅かな痛みを感じたが、強いオーガズムに紛れてその痛みはすぐに消えた。九条は太賀の項に顔を埋めながら、噛んだ後の傷口に自分の唾液を注入させている。
「はあ、はあ、太賀……愛してる……」
九条は苦しそうにそう言うと、自身の性器を太賀の秘部からそっと抜いた。そして、太賀を自分の正面に向けると、寝そべった自分の上に太賀を横たわらせる。
太賀はぐったりと九条の体をベッドのようにして、うつ伏せに寝そべった。
「はあ、はあ、く、九条さん……俺も、愛してる……」
心と体を隙間なく満たす、言葉では言い尽くせないほどの幸せと一緒に太賀は目を閉じると、そのまま静かに眠りについた……。
九条とついに体を繋げることができた日から、太賀は自分たちが運命の番であるかを確かめるために、わざと抑制剤を飲まないでいた。その間の太賀と九条の気持ちは、ただ一つ『運命に委ねる』ということだけだった。
本当はもちろんそうであることを望みたいが、太賀と九条は既に『運命の番』という、オメガとアルファとの奇跡的な繋がりに対する強い執着はなかった。
九条の不能は治り、太賀と結ばれた。それがどれほどお互いにとって幸せなことかを、自分たちは十分理解しているからだ。そしてもし、自分たちの間に子どもが生まれても、その子がアルファであってもオメガであっても構わないという強い意志は、お互い揺るぎなくある。例え九条の父親がそれを許さなくとも、自分の子どもを尊重し守り抜くことが、自分たちの使命であり権利だと強く主張しようと、二人で心に決めていた。
九条は自分の会社を、社会に貢献できる会社にしたいと常に考えている。だから、自分の手で、力で、この会社を更に進化させたいという野望を強く持っている。
今の社長である自分の父親が退いた時、副社長の自分がいずれ社長になることは明らかだ。九条の父親はその先のことも考え、異物が自分の家系に混ざりこむことを徹底的に排除し、純潔のアルファである由緒正しい家の娘と子どもを作らせるという、人権を無視した愚行を九条に強いた。その悪しき考えは代々九条家に受け継がれ、それが理由なのか、九条家は見事に繁栄していった。
でも、九条はそれを拒んだ。自分の孤独な生い立ちが、自分の相手とならなければならない許嫁への罪悪感が、そして、アルファとして生まれてきた自分が密かに夢み憧れる『運命の番』に対する渇望が、九条を動かした。
最初太賀は、金持ち特有の、人の気持ちを考えることのできない、強引で傲慢な九条が嫌いだった。でも、徐々に九条を知っていくうちに、それは九条という男が母親の愛を知らずに育った孤独な男で、それが理由で、人と上手く心を通わせ合うことができないという事実を知ってから、太賀は九条に対する思いを変えた。
有川にだけは唯一心を開いていたようだが、それは有川が『アセクシャル』という特殊な性的思考を持っていたからかもしれない。九条はそんな有川に自分を重ねていたのだろうか。どこか欠落した部分を持っている自分と有川を。
抑制剤を飲まない状態で数日が過ぎた頃、本来ならオメガが抑制剤を飲まないでいると、飲まなくなった二、三日後辺りからフェロモンを漂わせしまう。これはオメガ以外の人間すべてを誘惑してしまうものだが、太賀は、奈緒に頼んで確認をしてもらった時、奈緒はそんな太賀を前にしても、何の変化もなかった。きょとんとした顔をしながら、手話で、『何も感じないよ』と伝えた。太賀は何度も手話で『本当に? 本当に?』と尋ねた。奈緒はしつこい太賀に辟易するように、『しつこい!』と手話で返した。
太賀は飛び上がりたいほど嬉しかった。だから思わず奈緒に抱きついてその喜びを露わにした。奈緒は最初驚いていたが、太賀を優しく抱きしめ返すと、『良かったね』と言って頭を撫でてくれた。
太賀はすぐさまそのことを九条に伝えた。九条は膝から崩れ落ちるくらいの衝撃で、その報告を受け止めていた。近くにいた有川も『やっぱり私は正しかった!』と歓喜の声を上げていた。
太賀はまた九条の家に住み始めた。大学も九条の家から通っている。大学院を卒業するまであと半年ある。自分の将来の夢は、父親が叶えられなかった夢を自分が叶えることだった。それは、視覚や聴覚、手足が不自由という障害を持った人たちが、社会ともっと密接に繋がれるような仮想空間を作ることだ。
九条が太賀たちの研究の支援金を援助してくれたおかげで、自分たちの研究のクオリティは上がり、そのせいで、産学連携を希望してくれる企業が現れそうだという話も聞き、太賀は立て続けに自分に訪れる幸福に恐怖すら感じていた。
九条があの日、太賀の家に入って太賀を助けることができたのは、松下からの報告を受けていたからだった。九条は太賀と快斗が公園で二人で会っていたことに気づいていた。だから、太賀が自分のアパートに戻った時に、快斗が太賀に対してストーカー的な行動を起こさないかを心配し、松下に見張らせていた。案の定快斗は、九条の予想通り、太賀が自分の家に戻ったと同時にストーキングを始めた。でも、松下の見張りのおかげで、九条は太賀を救うことができたということらしい。
快斗とはあの一件から一度も会っていない。でもつい最近快斗から謝罪のメールが届いた。太賀はその内容に胸が苦しくなった。だからこう返した。『俺は快斗と友達になりたい。でも、快斗がそれを無理だと思うのなら、俺は潔く諦める』と。快斗からの返信はまだない。
自分たちがアルバイトをしていたあのクラブは九条の意向で閉められた。支配人の松下は自分の店が持ちたいと、あのクラブで働いていた、仮面を絶対に外さなかった子と意気投合し、『仮面舞踏会』という名のクラブを始めるらしい。
九条と暮らし始めてから初めての発情期が来た。自分はもう九条の前でしか発情しないという事実に、太賀は心の底から喜びを噛締めた。定期的に来るそれはさすがに太賀の体力を奪うが、九条と繋がれるというこれ以上にない幸福は、そのネガティブな側面も前向きに捉えることができる。太賀は体力を付けるために食生活を見直し、ジムに通って運動を始めた。まるで歯車が回り出したように、太賀の人生は動き始めた。
大学院を卒業してすぐ太賀の妊娠が発覚した。その事実に、九条と太賀はともに心の底から喜んだ。でも、正直に言うと、九条の父親が言った言葉を、太賀は一度も忘れたことがなかった。
九条の父親は言った。『生まれた子がアルファでなければ跡継ぎとして絶対に認めない』と。その言葉はまるで呪詛のように太賀の耳にこびり付き離れなかった。でも、九条はどこか自信気な顔をしていた。
「大丈夫。俺には考えがある」
「考え? 九条さん、それって何ですか?」
病院の帰りリムジンの中で九条は言った。太賀はその意外な言葉が気になり、すぐに九条に問いかけた。
「そうだな。これは九条家の汚点になることは避けられないだろう……否、むしろ、九条家の新たな始まりを意味するかもしれない」
九条は意味深な笑みを浮かべると、太賀の肩を抱いて引き寄せた。
「太賀、もう、俺のことを九条と呼ぶな。これからは要と呼べ」
九条は優しくそう言うと、太賀に甘いキスを落とした。
九条の言っていた意味が分かったのは、それから四カ月が過ぎた頃だった。
九条と太賀はリビングでテレビを見ていた。そこに突然ニュース速報が入った。その内容に太賀はひどく衝撃を受けた。
『国内最大の通信電気会社に不正発覚。会社社長である九条進(くじょうすすむ)氏は、通信インフラ整備に関する国家プロジェクトにおいて、裏で入札談合を行い、政官界に裏金を流していた。更に、競合会社にスパイを送り込んで、技術情報を入手するなどのスパイ行為を行っていた』
淡々とニュースを読み上げるアナウンサーを太賀は茫然と見つめた。
「う、噓でしょ……要さん、これって真実なんですか?」
太賀は震える声でそう問いかけた。でも、九条は父親の不正のニュースに驚きもせず、太賀のお腹を愛おしむように摩っている。
「ああ。真実だ。俺が父親を疑って水面下で調べていたからだ。つい最近やっと証拠を手に入れ、俺が内部告発をしたんだ。今頃あの人は、社長の座を追われることに絶望しているだろう。もうあの人には何の権力もない……だから、俺の代で一からこの九条家の会社を立て直す。まず、第一の事業として、太賀の大学と産学連携をし、太賀のお父さんの夢を実現させる」
九条の言葉に太賀は頭が全く追い付かなかった。ただ、はっきりしていることは、九条はついに自由を手に入れたということだけ。
九条はそう言うと、大賀のお腹にそっと頬を寄せた。まるで、お腹の中の赤ちゃんの声を必死で聞こうとしているかのように。
「太賀、俺の言ったことを覚えているか?」
「え?」
太賀はぽかんと九条を見つめながら首を横に振った。正直全く頭が働いておらず、その記憶をしまっていた引き出しがすぐに見つからなかったからだ。
「自分たちの子がアルファでも、オメガでも、自分の好きなように生きて欲しいと俺は言った。だから、俺の後を継ごうが継ぐまいが自由だし、俺はそれを絶対に強制したりはしない」
太賀は九条の言葉を改めて思い出し、自分の胸を灼熱の太陽に照らされた砂浜の砂のように熱くする。
「ええ。要さん。俺も同じです。でも、きっと俺たちの子がアルファだったら多分、要さんのようにアルファとしての誇りを持ちながら人生を歩もうとするかもしれないです。でももし、俺のようなオメガだったら、その子はきっと、自分の人生の宿命に屈せず、自分らしい幸せを見つけて生きてくれるかもしれません」
九条は太賀の言葉に僅かに瞳を潤わせると、太賀とお腹の中の赤ちゃんを一緒に抱きしめるように、長い腕で太賀のお腹を包み込んだ。
「要さん。俺は何があっても要さんを信じます。だから、ずっと、ずっと要さんは、俺を離さないでくれますか?」
太賀は九条を見上げながらそう心を込めて言った。少し我儘な言い方になってはいないかと不安になりながら。でも、九条は太賀のお腹からゆっくりと頭を上げると、太賀を真っ直ぐに見つめながらこう言った。
「何度も言わせるな。俺が太賀を見つけたんだ。このもの凄い奇跡を俺はやっと手に入れたんだ。それをどうして手放そうと考える? 太賀、その質問は愚問だ。もう二度と俺にその質問をするじゃない」
九条はひどく顔を強張らせながらそう言った。太賀はその九条の顔がおかしくて思わず笑ってしまう。九条は太賀に笑われたせいで、更に顔を窮屈に強張らせた。
「はい。解りました。俺は要さんの傍から一生離れません」
太賀の言葉に安心したのか、九条はまた太賀のお腹に顔を突っ伏すと、まるでこの会話を自分の赤ちゃんに聞かせるようにモゴモゴと口を動かす。
「はっ、擽ったい」
太賀は身を捩らせながらそう言うと、九条の頭を何度も何度も優しく撫でた。でも九条はモゴモゴと何かを口にすることを止めようとせず、太賀のお腹を擽り続ける。
「もう、要さん……いい加減にしてくださいっ」
太賀はそう優しく言うと、九条の頭をポンっと叩いた……。
了
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