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第1話 訳ありの同級生が再会する 

会社を出て時計を見る。 もう、9時半過ぎてる。 腹が減ってたまらない。 三井健人は、その日外回りで帰りが遅くなってしまった。 会社周辺はビル街で、人通りは多いが飯屋が少ないので、この時間はどこもいっぱいだ。 駅まで急いで歩き始め、途中で下車して飯屋に行こうかと思う。 今から自炊する気にはなれない。一人暮らしだと他に喜ぶ顔があるわけでも無く、どうも自炊が面倒だ。 色づいた銀杏の葉を踏んで、ああ、もうそんな季節かと空を仰ぐ。 すっかり暗い空に、ライトで照らされる銀杏の木が黄色く輝いて綺麗だ。 冷たい風にコートの襟元を掴むと、先を急いだ。 駅が近くなると、暗い夜道にそこだけ明るく店内の灯りが漏れている店がある。 ここは何の店だっけ? 隣のバーガー屋は確か工事中だよな。 見上げると、赤と黄色の見知ったドーナツ屋の看板がある。 ぐうううううう 腹が鳴って、このまま電車に乗るのも気が引ける。 軽くなんか食っていくかと足が向いた。 「いらっしゃいませ!」 狭い店内は空いていて、6つ並んだテーブルに1人ずつ疲れた顔の奴らが座ってる。 「オールドスタイルとホットコーヒー。」 「こちらでお召し上がりですか? お持ちしますので、お好きな席でお待ちください。」 うなずいて、窓際のカウンター席に向かう。 ふと見ると、誰かと目が合った。 グレーの地味なジャンパーに、すり切れて破れが目立つ褪せた色のジーンズ。汚くて安っぽい靴が、余計貧乏だと主張している。 痩せた長い赤茶けた髪の奴が1人、ドーナツ持ったまま静止してこちらを見ている。 こんな貧乏な奴に知り合いなんていないよな。 ふと顔を上げてビックリした。 すげえ、美人。いや、男か。 切れ長の目の引き込まれるような薄いブラウンの瞳に、長い睫毛。整った鼻梁に薄い唇。 痩せて頬の肉が落ちても、それが退廃的な美しさを醸し出す美貌。こんなモデルのような美青年なんて、そうそういるものじゃ無い。 ただ、髪の痛みは激しくて、バサバサで茶色になりかけている。 俺は彼に瓜二つの男性を、以前探し回っていた。 だが今は、彼であったらいいのに、という気持ちと、どうか違って欲しいと言う気持ちがせめぎ合っている。 「まさか、ヤギ? 」 「久しぶり、だね。ミツミ。本当に、久しぶり。」 ああ、やっぱり中高同級生だった谷木美里、ヤギだ。 ミツミと呼ばれるのも久しぶりだ。 三井だけど、詰んだ奴とからかわれて、ミツミと呼ばれていた。 ヤギは学生の時から女子より綺麗で、なのに独特の雰囲気があって上品で近寄りがたい奴で、友達は少なかった。 俺は中学の時、席が隣になったのを契機に友達になった。 綺麗なだけ悩みも多く、俺はこいつのナイトになって、帰り道を守っていたのだ。 あんな事がなければ、ずっと付き合いは続いていただろうと思うのに、本当に悔しい。 俺は、こいつの隣にいるのが好きだったから。 大好きだったから。 そう思うと胸がキュッとする。 やっぱり、そうだよな。うん、会えて良かった。 フッと息を吐いて顔を上げると、まだじっと見てる。 どぎまぎして、思わず目をそらした。 あー、こういう時どうしたらいいのかわからない。相変わらず綺麗でドキドキする。 離れて座るべきか、隣、いいか聞くべきか。 「えー、っと。久しぶり。」 そう言いながら、分が悪くて、どぎまぎして、少し離れた椅子を引く。 「お待たせしました! 」 サッと女の子がトレイを正面に置いた。 やっぱりなんだかばつが悪くて、さっさと食って出ようと思う。 だが、ガタンと椅子を引く音がして、ヤギが自分から寄ってきた。 「なんで逃げるの? 」 「逃げてないよ。」 「君はいつだってそうだね。 逃げてないって言いながら逃げるんだ。」 諦めて、並んでドーナツを頬張る。 まあ、ハッキリ言って味がしない。 並んでいるのは被害者と加害者だ。 彼は俺のせいで被害に巻き込まれた。 「あれから僕がどうやって借金返してるか知ってる? 」 ああ、胃が痛い。 わかってるよ、十分わかってる。 俺が君だったら、もうとっくに殴ってるさ。 「悪かったよ、俺はだますつもりはなかった。 会社がだました上に倒産するなんてわからなかった。」 いや、あれは計画倒産だ。 顧客を増やして散々金を巻き上げたあと、いきなり倒産した。 社長はフィリピンで逮捕されたけど、金はほとんど返ってこなかった。 自分は入社したばかりの営業で、成績伸びずに焦っていた時期で、早くに母親亡くしたこいつがガンで父親まで亡くなって、寂しい思いしてたのをカモに、自宅を売却した上に借金させて、会社が売り出してたマンションを買わせた。 ヤギの家はデカい家だったが、古い上に立地が悪いと上司に言われ、安く買い叩かれた。 それでも、マンションはあるからと思っていたのに、ヤギに買わせたマンションは実態がなく、売却した自宅は倒産した会社の資産になっていてすぐに競売にかかり、マンションが建つまで住めるはずが早々に出なければならなかった。 ヤギは家を無くし、大金を無くし、そして1800万の借金が残った。まだ、22才の時だった。 俺はモデルハウスに騙されて、それが建設中だと疑わなかった。 ヤギを谷から突き落としたのは俺だ。 あいつの家があった場所は、すぐに違う会社が買い取って、今はタワーマンションが建っている。 間違い無く、そこは一等地だったのだ。 「そうだよね。君はただの一社員だ。 厳密に言えば、君だって被害者だ。あの時、職を失った。 まあさ、同級生なんか信じた俺が馬鹿だったのさ。」 ああ、たった4年しかたってないんだ。やっぱりまだ怨みを抱えてる。 どんなに謝っても、許して貰えやしないだろう。 俺はどうすればいいのかわからない。 話を聞くだけで鬱になる。 見ただけでわかるほど、ツヤが無い。 髪も、肌も、荒れ果てた手も、全てがどんなに苦労してきたかを表してる。それでも、こいつは俺のこの言葉を待ってると思う。 「どうしてた? 今、どうしてる? 」 「色々あったよ。言い切れないほど。でも、今やっと落ち着いた。 こうやって週一ドーナツ食える。 これから夜の仕事。昼は別の仕事してる。」 「なんで…… 破産しなかったんだ? 」 ヤギの手が止まった。 「あいつらの…… 思い通りになんかするものか。」 「それ、どう言う…… 」 意味なんだろうと聞きたかったが、ヤギは無言でドーナツを黙々食べてコーヒー飲む。 ふと、俺の手を見て顔を上げた。 「ミツミ、結婚は? 」 「してないよ、する気も無い。 お前みたいに財産無くした人もいるのに、できるわけないよ。 彼女とも別れた。」 「そう、」 食べ終えるヤギに、名刺を取り出し裏に携帯の番号を書いて差し出す。 それを見て、やっぱり嫌な顔をした。 「また土地転がしなんだ。」 「そんな言い方するなよ、企業相手に不動産の相談やってる会社さ。」 「俺が一番嫌いな職業だ。」 ため息付いて差し出した名刺を引っ込めると、パッとそれをさらわれた。 「友達としてなら付き合う。」 「え? ほんとに? 付き合ってくれるの? 」 「何勘違いしてるんだよ、友達としてって言ってるだろ? 」 「あ、ああ、当たり前だろ。電話、気軽にくれよ。 いや電話代かかるな。こちらからかけるよ。 ワン切りでかけてくれ。いつ空いてる? 」 「昼バイトが十一時から4時、夜が十時から3時。昼バイト終わったら、どっかで仮眠とってる。家まで歩いて1時間近いんだ。」 「わかった、え? 毎日分割して睡眠取ってるのか?  身体に悪いだろう。」 「仕方ない、時間給高いとこ選ぶとそうなった。」 「それって、熟睡出来ないじゃないか。」 「あんたが言うなよ。」 古いスマホを取り出し、疲れ切った顔で俺にワン切りして皮肉に笑う。 ああ、こんな顔する奴じゃなかったのになあ。俺がしちまったんだ。 「じゃあな。」 グレーのすり切れたジャンパーに破れたジーンズはいて、ギリギリの生活が見える。 でも、細い足がなんだか色っぽい。 店を出ると、ポケットに手を入れ、振り返りもせずに街の方向へと歩き始める。 「やっぱ…… 相変わらず綺麗だ。」 ホッとして、スマホの電話番号登録する。 ヤギという名前欄の文字が、なんだかひどく懐かしい。 その文字を指で撫でて、大きく息を吐いた。

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