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第7話 性被害の記憶
路地に入って立ち止まり、ヤギが思い出したくもない嫌な思い出に髪をかきむしる。
フラッシュバックのように、暗い部屋で行われた数々のことが、思い出されて吐き気がして座り込んだ。
叔父の正輝の性加害がひどくなったのは、母が亡くなった小学生の時だった。
あいつは外面は良くて、父さんとはいい関係で同居していた。
恥ずかしくて、怖くて、父が受けるショックを考えると何も言えなかった。
でも、その行為はどんどんエスカレートしていく、隠れ損ねると掴まって、部屋に連れ込まれた。
ギリギリのラインで、いつ無理矢理尻に入れられるかわからない恐怖で、もう気が変になりそうだった。
何度も自殺を考え、とうとう2階から一度飛び降りた。
母さんが大事にしてたバラのアーチに落ちてケガは軽かったけど、父さんが何も言わない僕に察したのか、家中にカメラを設置した。
それで、叔父は家から追い出され、ようやく僕は、解放された。
でも……
あいつは何度も下校時を待ち伏せる。
怖くて怖くて、父さんに迎えに来てほしいと何度も言いたかったけど、言えなかった。
小学校では、家との間にある塾を選び直行した。でも夜の帰り道で、いつの間にか一人になるのが恐ろしくて、死にそうだった。
中学になって寂しい道が増え、家からも遠くなって一度車に連れ込まれた。
あいつがロックを忘れて信号で逃げられたけど、2度目はきっと逃げられない。
食い盛りの男子の中で、帰りの恐怖で昼は喉を通らなくなっていた。
「ヤギ~、お前なんでそんな食えねえの? ガリガリじゃん、病気? 」
隣になったミツミが、声をかけてくれたの覚えてる。本当に、後光が差して見えた。
一人で帰りたくないと、ようやく相談出来たのがミツミだった。
「うちの卓球部、弱小で早く上がるからさ。
終わるの宿題でもして待ってろよ、一緒に帰ろうぜ。
俺がお前のナイトになってやらあ。」
気恥ずかしそうに言う彼の言葉が、嬉しくて頼りになった。
ミツミは僕の家を通ると遠回りになる。
それでも高校まで同じで、当たり前のように一緒に帰って、玄関まで送ってくれた。
嬉しくて、気持ちがラクになって、帰りへのストレスが次第に消えてゆく。
父さんは家にセキュリティ入れて家の中も安全になり、僕は平和なときが訪れてやっと心が安定した。
正輝は、電話を切られたあと一瞬眉を寄せたが、大きく息を付いて満足げに椅子にもたれた。
彼の会社は幅広くインフラのコンサルタントを行っている。
建設関係の計画は耳に入りやすい。
もちろん、4年前に谷木の家の土地にマンションの計画があることは知っていた。
だがその計画はだいぶきな臭く、間に入ったデベロッパーが詐欺まがいのことで土地を買収していることも業界ではささやかれていたのだ。
でも、それを美里に教えることもなく、彼は静観していた。
まだ彼は大卒直後で世間にも疎い、調べさせると、出入りしている社員が同級生だという事に気がついた。
だまされて、金の無心に来たら食ってやろう。
期待して待ち構えた。
被害者に名前が上がったと知ると、親戚には脅しを入れ、手を貸さないよう圧力をかけた。
連絡を待ちわびる日々が続き、気がついたら、なんと自力で返済を始めた。
その意地の張りようにも可愛さを感じて、続けて探偵を使ってずっと見守った。
子供の時から、ずっと見てきた。
あまりにも大好きだった兄さんに、美しい母に似ている。
子供の頃は愛くるしさに、触れたい気持ちが抑えられなかった。
小学生になると付き合いが多くなる、塾に行って帰ってこない。
ふれあう時間が少なくなりイライラする。隙を見ては捕まえ、大切に大切に愛し合った。
やがて母親が入院し、家にいる時間が増えてきた。父親は昼間は仕事で家にいない。
ああ、今思い出しても、
素晴らしい、素晴らしい時間だった。
美里は誘うような目で私を見つめ、黙って好きにさせてくれた。
私は犯したい気持ちを抑えながら、手の中で慈しみ、美里は必死な顔で奉仕してくれる。
次第に成長する姿を楽しみに、逢瀬を重ねて幸せだった。あの、兄さんに出て行けと言われるときまで。
だが、時間を見つけては下校時に成長を見守り、中学になると、制服姿にしびれた。
車で何度もデートに誘おうとしたが、あの同級生が邪魔をする。
家はセキュリティが入れられ、チャイムを鳴らしても出てくれない。
兄にも邪魔され、とうとうデートが出来なくなってしまった。
私は激しく後悔した。
もっと早く、身体を繋げるべきだったのだ。
美里に見限られたのは、きっとそのせいだと思う。あまりに大切にしすぎてしまった。
きっと身体を満足させられなかったせいだ。
大学へ通うようになる頃は、私は義父の仕事を引き継ぎ仕事が忙しくなり、見守ることが出来なくなってしまった。
だが、兄の臨終を聞いて駆けつけたとき、久しぶりに会った美里に息を呑んだ。
涙を流す彼は、美しい青年に成長していた。
正輝が大きく息を付いて目を閉じる。
電話が鳴って、来客を告げられた。
仕事だ。今は仕事に集中しよう。
睦まじい二人の写真を握りつぶす。
忌々しい、この同級生、中学からずっと私と美里の邪魔をする。
「ふふ、しかしリゾートホテルの話が、こうも順調に進むとはな。
日本は、掘れば温泉が噴き出す。
都心から近く眺望もいい、最高の立地だ。
さすがだよ、兄さん。」
正輝は笑って、探偵の報告の資料をデスクに直すとカギをかけて襟を正し、部屋を出た。
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