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第33話 男なのに何だこのあふれる色気は

退院すると、八田に正輝が隠し持ってた物全部返して貰い、相続の手続きして銀行の貸金庫へ2人で行った。 貸金庫は荒らされた形跡も無く、そのままの状態で入っていた。 「生命保険だ。お父さん、保険に入っていたんだ。」 証書が二つあり、合計すると1億ある。 恐らくは、税金対策だったんだろう。 美里が金で困らないように。 それだけ相続税ってのは、税率が高い。 現金も残してあるけど、維持管理費も馬鹿にならない。 現に美里の無くなった実家も、屋根の修理の見積もり取ったら1千万超えていたそうだ。 別荘もそろそろ修理が必要だろうから、ほんと維持費は半端ない。 それを知っているからこそ、父親ならたった1人残される子供の為に何するかはわかりきったことだ。 これで美里の代までは、何とか資産を維持出来る見通しが立つ。 「手紙がある。あっ、別の弁護士さんに遺産目録残してるって。」 「何だって? さすがおじさん、抜け目がない。それがあれば絵の所有者もハッキリ出来る。 お父さんの愛情、やっと届いたな。」 「うん。」 生命保険の時効は過ぎていたが、審査されて、事件に巻き込まれた事もあり、請求通りの保険金が支払われた。 別荘は、話し合いの上で近くの土地へ修理も兼ねて移築となった。 景色は変わるけど今度は町に近いので、利便性があって広い庭もついている。 資産価値も上がるので、売る時も売りやすい。なので、これで話し合いは万事終了した。  マンションの残金も返し、金に心配は無くなったけど、ヤギは身体が治り、落ち着くとオーナーのレストランで働き始めた。 毎日忙しくて、意外と楽しいらしい。 「谷木さーん、旦那さん迎えに来てますよ。いつ見てもカッコいい~ 」 「カッコいいかなあ〜 アハハ! 」 今日は貸し切りで早く終わった。 閉店後に清掃していると、ミツミが駐車場から歩いてくるのが見える。 免許は持っていたので、友人のディーラーで車を買った。 ミツミはスポーツカーが欲しかったらしいけど、親父さんが自分たちも乗せて旅行に連れて行けというので、仕方なく4ドアにした。 まあ、そう言う優しさで流されちゃうところがミツミらしくて僕は好き。 「あとやっておきます、お疲れ様でした。」 「じゃあ、お願いします。お先に。」 着替えをしていると、控え室でオーナーとミツミが楽しそうに話している。制服を脱ぎながら、話に耳を立てる。 着物は着る時の音が好きだ。シュッシュッと生地のスレる音が気持ちいい。 帯を締めて、母さんの使ってたショールを羽織り更衣室を出ると、オーナーがパンッと手を叩いた。 「あら、着物いいわね。来月パーティーあるから、それで給仕してくれない?  金持ちの外国人セレブなの。チップはずんでくれるわよ。」 「オーナー、勘弁してよ。 また千本、バラが来たらどうするんですか。 男でも構わず求婚してくるし、外国の金持ちぶっ飛んでるよ。」 「まあまあ、あなた来てから、売り上げ右肩上がりよ、助かるわあ~ 」 「でしょうけど、そろそろ予約絞って単価上げません? 」 「あら、いいわね。 ランチとディナーの棲み分けをきっちりやる頃合いだわ。一時的に売り上げ落ちるだろうけど、よろしくね。」 「まあ、決めるの客だし~、ではお先に。ミツミ、お待たせ。」 「あら、ヤギ。まだダンナをあだ名で呼んでるの? あなた~って呼べばいいじゃない、あなた~って。」 タバコをくわえてククッと笑う独身のオーナーに、傍らのライターでスッと火を付ける。 「オーナー、彼をミツミって今も呼べるのは、僕だけなの。ステキでしょ? 」 しなだれながらオーナーにささやき、流し目を送る。 オーナーが、あらあらと目をそらしてタバコを吹かした。 「やだわ~、あんた、男できたら色気増してて、イヤになっちゃう。」 「ククッ、それ目当てで、僕をここのホールにしたんでしょ? それじゃお先に。」 「ハイハイ、ごちそうさま。」 店を後にして車に乗り込むと、ミツミがチラリと見る。 「求婚されたとかマジ? 男から?」 「男だよ~、こんなオッサンになりかけのどこがいいんだよ。だから写真はみんな断ってる。」 「はぁ~、なんか心配増えたわ。」 クスッと笑って、信号で止まるとミツミの襟首掴んで引っ張り、チュッとキスした。 ミツミがチラリと美里を見下ろすと、襟足からのぞく白い肌にハラリと髪が一筋落ちる。 マツゲの長い切れ長の目の上目遣いに、股間がズクンとする。ヤバいヤバい。 「バーカ、僕には健人がいるじゃない。」 「あ、あ〜あ、女の子見てる。」 「えーー! やっちゃった。」 ミツミは、あの事件のあと出張の時以外は、必ず車で迎えに来るようになった。 僕が目の前でさらわれたことは、ミツミにはひどいトラウマ残してしまった。 おかげでGPSまで持たせられている。 「弁護士先生、どうだって? 」 運転するミツミの口に、キャンディ放り込む。 事件は書類送検で終わって、いまだ副社長の席に座ってる正輝を民事で訴えた。 マスコミに小さく取り上げられたけど、男同士の性的な話はいまだにタブー視されているのか、記事は大きな話題にはならなかった。 ただ、民事で訴えたこともあり、彼の会社が関わるいくつかの案件が、様子見の模様でひと月ほど遅れることになったらしい。 その中に、別荘で問題のホテルも含まれていた。 正輝の弁護士は事態の沈静化を急ぎ、すぐ示談を持ち込んできた。けど、すんなり了承せず、しばらくはのらりくらり作戦にしている。 「示談の話、最後にしますって言ってきたよ。竹内も、その方がいいだろうって。 あまり反省の色が見えないからってさ。相変わらずだね、病気だよ、あの人。 あの分じゃ、示談するとすぐに社長に返り咲くよ。今の社長、ほぼお飾りだ。 人を殺しかけといて、謝罪の一つもいまだにない。ふざけてる。」 「まあ、さ。ミツミも車買ったし、帰りは安心出来るからいいじゃない。」 「帰りはいいけどさ、行きが心配なんだよお! 」 バタバタするミツミが可愛い。 「困った人だね、ミツミ。」 「健人って呼んでよ、2人の時はさ。」 「健人、僕のナイト、落ち着いて。 大丈夫、あいつは再度逮捕されたら実刑らしいから。」 「信用できない、安心出来ない、頼むからタクシーで行って。」 「やだよ、勿体ない。 これから僕ら、どんどんおっさんになるだけだよ、興味も薄れるさ。」 「お前、オッサンどころか色気増してるんだってば! オーナーも言ってたじゃん! 」 「やれやれ、そんなわけ無いじゃん。」 ミツミが目をうるうるさせる。 ヤギの貧乏性は、結局治ってない。 ただ、最近は着物だけは買うようになった。 着物着ると、妙にツヤっぽいのはいいんだが、いや、良くない。 そしてもう一つ問題は……  家に帰って、ミツミが料理の仕上げしている間に、美里が弁護士の書類に目を通してサインする。 控えの封筒を、リビングの飾り箪笥に入れた。その箪笥をそっと撫で、記憶にある昔の傷を見て微笑む。 その箪笥は、骨董屋で見て激しいショックを受けた物だ。 その後、表通りの目立つ店だったので、偶然見つけた叔母が買い取って預かってくれていたらしい。 退院祝いに贈ってくれたそれを見た時、美里は嬉しくて叔母に飛びついてしまった。 「ほんとに、人に買われなくて良かった。」 「できたよー。」 「あ、はーい。」 食卓に座ると、いい焼き加減のステーキだ。 普段は美里の帰りが遅いので、夕食はだいたいいつもミツミ一人だ。 一緒に食べる時間は大事なので、ごちそうが多い。 「いただきます! 美味しそうだね。」 「うん、いい肉が安かったんだよ。」 「あ、ほら、お父様に頼まれてた日本酒。 蔵元から2本買ったから1本開けようよ。飲むでしょう?  お冷やがおすすめなんだって。今度の休みに持って行かなきゃ。」 「また親父、お前に電話かけたのか。 ほんと色呆けしやがって。手え出されたら叩けよ。」 日本酒を酒器に入れて、ミツミにお猪口渡してお酌する。 「昨日お母様にも、松善の松前漬頼まれたんだけど、明後日入荷だって。 うちの分も頼んじゃった。」 「はあっ? 母さんもかよ。なんだよゲイなんて恥ずかしいとか言ってたクセに。 美里見たらニコニコしてんだから。ちゃっかりしてるぜ。」 「まあ、いいじゃない。お二人、お元気で何よりだよ。」 ミツミが酒をくいっと飲み干し、お猪口を美里に差し出す。 お酌してると、ミツミが小さくため息付いた。 「なあ、美里~ 」 「なぁに? 健人くん。」 「パンツ、履いてる? 」 「履いてない。」 「なんで? なんで着物に着替える時さ、パンツまで脱ぐの? 何で着物着るとき、すっぽんぽんになるの? 」 「なんか~、嫌だもん。」 これだけは、見逃せない問題だ。 パンツも履かずに電車に乗るのだ、こいつは。 「くっ、誰か、誰か着物着る時、美里にパンツ履くように言ってくれ ! 」 「やだもーん。」 ミツミの悩みは終わらない。 〈 おわり 〉

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