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第32話 お父さんが残したカギ

疲れと酸素不足だった影響なのか、美里はなかなか目が覚めない。 随分心配したけど、月曜になって、ようやく美里は気がついた。 うなされて目を開けてもボウッとしている。 「ヤギ! 」 「美里さん! 」 声をかけると、かすれた声でようやく声を出した。 「ミツ ミ…… 」 「美里! ああ、気がついて良かった。」 頬を両手で包み込んで、頭を抱いた。 本当に、生きた心地しなかった。 「仕事、 仕事に 行かな きゃ お金…… お金が…… 」 「仕事はもういいんだ、お金は大丈夫だ、大丈夫なんだよ。 覚えてないのか?」 「わかん ない…… 」 「美里さん、本当に良かったわ! 」 叔母が横でのぞき込む。ミツミは叔母が来てくれてることに喜ぶだろうと、横で手を握って笑った。 「ほら、叔母さんが来てくれたぞ。」 「…… 誰? オーナー? 」 「馬鹿、叔母さんだよ。お父さんの妹さんだろ? 世話になったって言ってたじゃないか。」 「…… おば? だれ? 」 そう言うと、目を閉じて、またスウッと眠ってしまった。 うわああああ、それキッツいよ、ヤギ~ そうっと振り向くと、叔母の顔が引きつっている。これは無関心の代償としか言いようがない。 「あなた、名前何でしたっけ? 」 「え、あー、挨拶遅れて申し訳ないです。三井健人と言います。 ミツミは中学からのあだ名です。」 「そう、健人さん! 」 「は、はい。」 叔母は満面の笑顔で、額に青筋立てていた。 「後はお願いね? 何か用があったら携帯に電話して頂戴。 あと、借金と使い込みは正輝兄に返すよう私から言うわ。事件にねじ込むような事は止めて頂戴。 民事は不介入よ、好きにすればいいわ。じゃ! 」 バタンッ! 外に出ると、キーッと叫びと共にドスンとなんか蹴る音がする。 まあ、身から出た錆だろ。 美里は、結局そのまま、時々目が覚めるばかりで、その日もはっきり目が覚めなかった。  翌日火曜、病院へ行く準備してると部長から電話がかかり、騒ぎが知れ渡っている事を知った。 まあ、そうだろう。 見る気しないからテレビ見てないけど、あいつも傷害で逮捕されたらしいし、竹内からも示談どうするって聞いて来た。 まだ美里も通常モードじゃないし、俺は未だに怒りが持続してる。 元々説得を兼ねて火曜まで休みもらっていたんだが、この騒ぎで明日から出社はどうする? と聞かれた。 美里は家族がいないので、しばらく世話したいのでリモートにしてもらう。 明日朝、一旦、状況説明に一時出社になった。 病院へ付き添いに行くと、ナースステーションで呼び止められた。 書類が数枚有るので、ヤギの代わりに記入する。叔母さんに谷木の印鑑貰っていたので、助かった。 やっぱ、こう言うのって女性は気が回る。 この病院、ほとんど1人部屋なので気がラクだ。 部屋に行くと、丁度朝食の時間だった。 テーブルに食事はあるけど、まだ寝てる。 眠くて眠くて、たまらないんだろう。 まるで、今までの分を取り戻すように眠っている。 「あれ? 食事は普通食なんだ。お粥と思ってた。 おーい、ご飯だぞ。ほら、起きろ。」 「 …… ねむ ぅぃ 」 けだるい返事だ。 「お前、あれからずうっと寝てるのか? 食事はしっかりお願いしますって言われてるから。ほら、食べる約束で点滴も外してもらったろ? 」 ベッド起こして座らせる。 目を閉じたままで、ズルズルずり落ちた。 抱きかかえて座らせ、枕で倒れないようにした。なんか身体がぐにゃぐにゃだ。 今ならきっと、スムーズに挿入出来る。いや、セックスの話はまだ先だ。 「具合は? 口はすすいだ? うん、じゃあいいな。 あっ、こらこら、おーい、起きろ、具合は悪くないな?  口開けろ、飯、食わせるから。 ほらご飯、あーん。」 「 あーん 」もぐもぐもぐ、ごっくん 「 あーん 」もぐもぐもぐ 「お前、ほんとに自分で食えねえの? 」 「目が開かないもん…… 」 「あーそうですか。あーん。ほら、寝るなーー! 」 「ほっぺに…… キスしたら起きるう…… 」 「えっ、」 まわりをキョロキョロする。 カメラは、無い。 よし、 気だるそうにまたズルズル横に倒れていく美里を追って、唇に軽くキスした。 美里がビックリして目を見開く。 やっぱりまわりをキョロ見して、口を押さえた。 「ミツミのバカ」 「いいから起きろ、ちゃんと食え。」 「だってええぇぇ…… 」 はあああ・・・ 息吐いて、またトロンと目を閉じる。 「旅行、夢じゃなかったんだなあ。」 「そうだよ、はい、あーん。」 食事再開、美里ヒナにエサをあげる。 「んん、あーん、むぐむぐ、んー、砂食ってるみたい。」 「はい、味噌汁。 具、豆腐。なんだこの豆腐、固くて掴めるじゃん。 えー、次、わかめ。そして、汁。」 お椀を口に持って行って傾ける。これはなかなか新鮮な作業だ。 「ずずず…… みゃずい…… 」 「え~? 」 「お湯かよ、薄すぎ、マズい。」 見ると、やっぱり名札が減塩になってた。 「減塩だな〜。家帰ってもしばらく減塩だろうな。 まあ、お前さあ、心臓止まったってこと自覚しろよ。 全然動かなくて、死ぬかと思ったんだから。 しばらくは激しい運動は駄目だって。 セックスも出来ないじゃん。」 「そりゃあ良かった…… 」 「え~~、おいおーい、マジ起きてる? またしてねって言ったじゃん! ほら、100から3を引いていってみろ。」 「あー、それ駄目だ、まだ計算上手く出来ない。ボーッとしてる。カスミがかかったみたい。 またしてね、はただの挨拶だし。」 「挨拶かよ、寂しい〜 」 やっと目を開けると、お椀を自分で取って、飲んでしまう。 お腹は減っているらしい。 「駅出てから、覚えてないんだよね。 あいつに部屋に連れ込まれたことだけ、さっき思い出した。 もう、ミツミ来なかったらどうなったんだろ、マジでゾッとする。 どこで掴まったんだろう。 そう言えば夢の中でさ、父さんに会ったよ」 「へえ、臨死体験っての? 」 「なんか、ねえ、ちゃんとミツミのご両親には挨拶して、迷惑かけちゃ駄目だよって説教された。 お父さん、死んでも相変わらず説教長い。 カギ持って早く銀行に行きなさいって言われたの覚えてるなあ。 覚えやすいように、お前の友達の名前の銀行にしといたからって。何のことだろう? 」 ガタンと、ミツミが立ち上がった。 急いでバッグから写真取り出す。 「マジか! これ、貸金庫のカギか! 」 「えっ? 何それ? 」 「叔父だよ! あいつがお前の親父さんの、通帳カードとか隠してたんだってば! その中にカギがあったんだよ! 」 「え~、マジか。だから無かったのか。 でも、口座に金無かったよ? 」 「馬鹿! お前が残高確認する前に引き落とされてんだよ!  でもな、ちゃんと返せって言ってあるから、安心しろよ。絶対取り戻すから。」 大きくため息付いた。 そりゃあ悔しいだろう。と思ったら違った。 「くそ、また相続税か。加算されるんだろうなあ。はぁ〜」 「そっちかよ! まあ、今度は現金なら払えるじゃないか。 叔母さんがあいつに借金の残りも払わせるからってさ。これで身軽になるよ。」 「叔母さん… か。」 渋い顔して考える。 マジで覚えてないのかと思った。 「お前、誰? なんて言うから、叔母さん、ショック受けて帰っちゃったぞ? 」 「叔母か~ なんかまだ、頭がボンヤリしてだな~、あ、オーナーに連絡しなきゃ。」 叔母さん、忘れられかけてるぞ! もっと存在アピールしなきゃ!

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