1 / 4
第1話
この世界は本当にろくでもない。いや、世界が、というより、巫子である僕の使命がろくでもないのだろう。
この世界の人間は、聖樹の近くでしか生きられない。聖樹は結界の要であり、結界の外は人間が暮らせる環境ではないのだ。
そしてその聖樹というものは、大聖樹と呼ばれる一本の大樹を除いて、寿命がある。大体20年から40年で枯れてしまう聖樹は、実を付けないので種が取れず、枝から増やすこともできない。
唯一、種を成すことができるのが大聖樹で、全ての聖樹は大聖樹の子である。しかしその大聖樹の『子の成し方』が大問題だった。
聖樹の種は巫子が産むのである。大聖樹は巫子とまぐわうための特殊な根を持っていて、巫子の腹に自らの核の一部を植え付ける。欠けた核はゆっくり回復していくので、大聖樹に支障はないらしい。
核を植え付けられた巫子の方は身体を作り変えられ、聖樹の種を産むようになる。食事を必要としなくなり、排泄もなくなり、種を作るための魔力を賄うために、発情して男を求める。
聖樹の巫子は必ず男だ。自身の子種は失い、抱かれるものになっていく。種を産む度に大量の魔力を消耗し、魔力が不足してくればまた発情するのだ。魔力を補うためと称して、巫子には複数の相手が宛てがわれるのが通例だった。
実際には、巫子を抱けば聖樹の力に触れられるなんて言われてありがたがられ、神殿に大金を払ってその『権利』を買う男たちがいる。巫子は神殿の大事な『商品』だった。
酷い話だ。木の根に犯され、男娼もどきになって種を産み続ける。それが僕の使命だというのだから。
表向き、僕は中央聖王国の第三王子の婚約者だ。聖樹の母体である巫子は全ての人間たちを支える存在。それを王子と縁付けることで、王家に箔を付けているわけだ。
実際には、第三王子は第二夫人を娶ってそちらを妻にするだろう。少なくとも先代の巫子の伴侶はそうだった。
巫子の方は貴族の男たちを宛てがわれていた。神殿に寄進を積んだ男たちだ。伴侶が巫子に執着しないのは神殿には好都合だったわけだ。
第三王子ウィルフレッド殿下は僕に優しい。だって邪険にできるわけがない。国王陛下や聖樹を管理する神殿の目があるのだから。僕に同情しているのも確かだろう。
ウィルフレッド殿下は僕の夫となる。けれど、僕は彼との初夜よりも先に大聖樹とまぐわう義務があるし、その後は他の男たちにも差し出されるだろう。
僕は伴侶に純潔を捧げることすら許されない。いや、もしかしたら巫子の本当の伴侶は大聖樹だということなのか。
今年、僕は18歳になる。正式に巫子となる年を迎えてしまった。先代の巫子はすでに亡くなっていて、僕の大聖樹との『交接の儀』を早めようという意見すらあった。
けれど、若すぎる身体で大聖樹を受け入れた場合、巫子に負担がかかる可能性が指摘されて、巫子の寿命を縮めるよりはと今年まで待つことになったのだ。
悪趣味なことに、僕の交接の儀には夫となるウィルフレッド殿下が立ち会う。そのウィルフレッド殿下との初夜が交接の儀の直後に予定されている。休ませてはもらえないらしい……
初夜があるのだから、もちろん婚姻の儀も行われる。婚姻の儀は小規模なものになる予定で、僕とウィルフレッド殿下の婚姻を祝う夜会は後日改めて行われる。仮縫いの白い婚礼衣装を身に着けるたびに、全身が重く息が苦しくなっていく。
「憂鬱そうだね、ジェレマイア」
ウィルフレッド殿下が気遣わしげに僕を見ていた。
「いえ、そのようなことは」
本来、巫子が使命を嫌がるなんて、許されることじゃない。僕は自分から進んで大聖樹を受け入れないといけないんだ。
「交接の儀が怖いのかい」
優しい声音に、思わず縋りつきたくなる。僕は何も言えずに俯いた。身体を硬くした僕を、ウィルフレッド殿下がそっと抱きしめた。
「怖くて当然だ。よくわからないものをその身に受け入れて、腹の中を作り変えられてしまうんだから」
優しい手が僕の髪を撫でていく。
「大丈夫。私がついているからね。私はいつでも君の味方だよ」
その言葉を信じきれないまま、僕はひと粒だけ涙を落とした。
時間はあっという間に過ぎて、婚姻の儀の当日となってしまった。王城の侍女たちが僕をぴかぴかに磨いて着飾らせる。
確かに今の僕は美しいのだろう。けれど、なんのための美しさなのか。大聖樹には人の美醜など関係ないし、ウィルフレッド殿下は偽りの伴侶でしかないのに。
花嫁となる僕に付き添う父上は、どんな顔をしたらいいのかわからなかったのかもしれない。いっそ見事なまでの無表情だった。父上はただ静かに言った。
「お前が無事にここまで育ってくれて良かった」
少しも嬉しそうではないのだから、こちらも反応に困ってしまった。
大聖樹の前で伴侶となることを宣誓し、キスを交わして婚姻の儀はあっさりと終了した。ウィルフレッド殿下が僕のことを「綺麗だ」と褒めてくれたので、がっかりされなくて良かったと思った。
でもこのあとは軽く食事をしてから交接の儀だ。先代の時は神官だけが立ち会った交接の儀に、ウィルフレッド殿下が付き添うという。今度こそ落胆されるのではないだろうか。嫌われたくない。それが怖い。
神官の助けを借りて、腹の中を洗浄した。僕にとってはこれが最初で最後。交接の儀を終えれば洗浄の必要がなくなる。何度もしたいことではない。もうしなくていいというのなら、少しありがたいような気もした。
身を清めて、薄手のガウンのような衣装を纏った。下着はない。なんとも心許ない……
ウィルフレッド殿下とも合流して、大聖樹の根本に向かう。怖くて怖くて逃げ出したかった。けれどそれが許されないのはわかっている。
きつく握りしめた僕の手を、ウィルフレッド殿下がそっと撫でた。
「大丈夫。一緒に乗り越えよう」
僕は泣きそうなのを我慢して、前を向いた。せめて落胆されることは避けたい。この方はいつも優しい。彼が義務感で僕の隣にいることはわかっていても、僕はウィルフレッド殿下が好きだった。
ともだちにシェアしよう!

