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最終話
その後、僕は少しずつ食事を必要としなくなっていった。お腹が空かないし、食べても美味しくない。
飲み物を口にし、たまに日光浴をする。そして、ウィルフレッド殿下の魔力を分けてもらう。それだけで巫子の身体は維持できるらしかった。
ウィルフレッド殿下と結ばれた10日後に、僕は初めての種を産んだ。産むところをウィルフレッド殿下にじっくり見られたのは恥ずかしかった。
鶏の卵の半分か、それより少し小さいくらいの種だ。種は鉢植えにして育てられ、聖樹の苗として、この世界のどこか必要な場所に植えられる。
ただ、この種はどういうわけか大聖樹の近くでしか発芽しないのだ。だから僕も大聖樹から離れられない。
聖樹の巫女を他の男に抱かせないというウィルフレッド殿下の主張は、なかなか受け入れられなかった。
ウィルフレッド殿下は父君である国王陛下相手に「王妃を他の男と共有できるのか」と言い放ち、僕は「アレク様以外に身を任せるくらいなら死を選ぶ」と宣言した。
けれど、神殿が金蔓を手放したいはずがない。僕はウィルフレッド殿下から引き離されて、裸で鎖に繋がれた。
他の男が宛てがわれる前に、僕は偶然聖樹の種を産んだ。床に落ちたその種を、僕は魔法で一気に成長させた。植物に干渉する魔法が使えることは、聖樹の巫子になるための条件のひとつだ。
その場所が大聖樹からかなり距離があったことはあとで知った。育たないはずの聖樹の根は床を破壊し、幹は天井を突き破り、枝は壁を壊して僕を抱えて高く伸びた。
大聖樹ほどではないものの、かなりの大木となった聖樹は目印としても優秀で、すぐにウィルフレッド殿下が僕を迎えに来た。
ウィルフレッド殿下は僕を連れて逃げてくれた。種を産むため、そして聖樹を成長させるために魔力を消費した僕はしっかり発情し、心配していたウィルフレッド殿下に城下町の宿で抱き潰された。
僕が育てたその聖樹は、他の聖樹とは別物だったらしい。鉢に植えて育てた聖樹はそんなに大きくならないし、葉や樹皮の色が違うのだ。
色々な人が調べた結果、それは普通の聖樹よりも大聖樹に近い存在だということが判明したそうだ。年月を重ねればいずれは大聖樹と同じものになるかもしれないという。新たな大聖樹を作り出せるのか、と大騒ぎになった。
大聖樹がひとつしかないせいで、人間は住む場所を拡大できずにいた。聖樹の苗を枯らさずに運べる範囲でしか、人は生活できなかった。
それが変わるかもしれない。巫子が自らの魔力で聖樹を育てるというのは、今まで試したことがなかったらしいのだ。
神殿は条件付きで僕とウィルフレッド殿下が互いの唯一であることを許した。
その条件とは、別の場所にも大聖樹となる可能性がある聖樹を植えること。それから僕が魔力枯渇を起こさないようにすることと月に二回は種を産むこと。
つまりはセックスしろということだ。言われなくても僕たちは仲睦まじい。二人きりでいられるなら、大聖樹だって増やしてもいい。
聖樹の苗は順調に増えていった。僕が種を産む間隔は短くなって、月に二回どころか、月に五回くらいになった。自然と睦み合う回数が増えた。
問題はウィルフレッド殿下の寝不足か。それだって、聖樹より優先すべき仕事なんてない。休みはもらえるし、昼まで一緒に寝ることもできる。
大聖樹については、どこに植えれば効率良く聖樹を増やせるか、場所の選定が行われた。
だけど。
大聖樹を増やすことは聖樹の巫子を増やすことに繋がるだろう。木の根に犯され、男を求めて、種を産む。そんな気の毒な存在が増えてしまう。
「新たな大聖樹を作り出す、それに協力することは構いません。ですが……」
神殿の偉い人たちを前に、僕は言った。
「もっと巫子を大事にしてください。男娼のような扱いはせず、本人の意思を尊重し、巫子が好ましいと思う相手とちゃんと伴侶として暮らせるようにしてください」
今までの聖樹の巫子は、体調を崩しやすく寝込みがちで、精神的にも不安定な者が多かったという。比べて僕はびっくりするくらい健康で落ち着いているらしい。
巫子を不特定多数の相手に抱かせて雑な扱いをしていたからだろう。進んで男娼になりたがる物好きならともかく、自分の置かれた環境に絶望していたら、健康も何もない。
聖樹をちゃんと増やしたいなら、巫子の幸せを考えるべきだということが、今の僕の状態で証明されている。
もし、巫子自身が複数の相手を望むなら、それはそれでいい。でも、誰かの唯一になることを望む巫子は今までにもいたはずなのだ。
「今後、聖樹の巫子を故意に苦しめることはしないと約束してください」
本当は、誰かが大聖樹と交接して巫子になるなんて、そんなことをしなくてもいい世界なら良かった。でも、聖樹がなければ人は生きられない。だから、これがギリギリの妥協点だと思う。
僕の主張は受け入れられ、僕とウィルフレッド殿下は旅に出ることになった。新しい大聖樹を植える場所が決まったのだ。現地に行って僕が自分の手で種を植え、成長させる必要がある。
僕たちの馬車はすごく豪華で大きくて、寝台が備え付けてあった。移動中もここでセックスしろということだ。きっと声は外にも聞こえているだろう。巫子としての役目とはいえ、恥ずかしくて仕方がない。
ウィルフレッド殿下は小さい頃から周囲に護衛や使用人がいるのが当たり前だったからか、僕の羞恥がイマイチ理解できないらしい。
僕を組み敷いたウィルフレッド殿下が「ジェムは恥ずかしがっている時の方が反応がいい」なんて言うから、睨んで軽く蹴飛ばした。まあ、その足を掴まれて、容赦なく鳴かされることになったんだけどね……
君のことがずっと好きだったのに、疑心暗鬼になった君はなかなか信じてくれなかった……と、ウィルフレッド殿下はため息混じりに語った。僕は謝り倒し、お詫びに何かすると言った。
そのせいで、ウィルフレッド殿下の上に跨がって腰を振る羽目になり、真っ赤になって声を堪えた。馬車の中だから揺れるし、本当に大変だったんだ。
聖樹の巫子は自分の子を持てない。僕が産めるのは聖樹の種だけ。ウィルフレッド殿下は僕に一途なので、彼も子を持つことはないだろう。それが少し申し訳なかった。
当の本人は「子供ができたら君をひとり占めできない」と言っていたから、これでいいのかもしれないけどね。
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