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あなたと巡る、愛しい雨旅 第2話 | 七賀ごふんの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
あなたと巡る、愛しい雨旅
第2話
作者:
七賀ごふん
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第2話
鏑木景
(
かぶらぎけい
)
。 目を覚ますと、ダッシュボードの上に置かれた名刺が視界に入った。 「……景さん?」 運転席には誰もいない。 見回すとどこかのサービスエリアの駐車場に停められていた。日も昇り、すっかり鮮やかな景色に取り囲まれている。 しまった、寝てた! 都築は前髪をかき上げ、シートベルトを外した。もう一度車内から確認すると、傍で電話をしている青年を見つけた。 恐らく仕事関係だろう。彼はフリーのエンジニアで、旅の途中でも暇さえあればパソコンをいじっている。 待つか……。 ぼうっとしながら前だけ見てると、横の窓を軽く叩かれた。一拍置いて、ドアをゆっくり開ける。 「おはようございます。眠っちゃってごめんなさい、景さん」 「いや。……おはよう」 短い挨拶を済ませ、都築は目の前の青年を薄目で捉えた。 明るい場所で見ると改めて圧倒される。 本当にかっこいい……いや、綺麗な人だ。 彼の名は鏑木景。 少しウェーブがかかった前髪が、長い睫毛を覆い隠している。眼鏡をかけている為目元の印象が薄くなりそうなものだが、くっきりした目鼻立ちで周囲の視線を集めていた。 ただでさえ端正な顔立ちなのに、艶やかな黒髪と長駆が相まってとても一般人には見えなかった。 都築自身、異性から告白されることが多いと思うが、景はレベルが違う。男女問わず、思考を無理やり一時停止させる魅力を持っている。 「朝飯食いに行こう」 「はい」 景は寡黙だ。自らコミュニケーションをとろうとするタイプではないが、都築が傷つくようなことは絶対にしないし、言わない。そういう部分を信用しているのかもしれない。 建物に入り、都築は海老とアボカドのサンドイッチを買った。テーブルで待っていると、景はもやしが山のように乗ったラーメンを持ってやってきた。 「お疲れ様です、景さん」 ラーメンに大量の胡椒を振りかける景を横目に、タブレットを取り出す。地図を開こうと思ったのだが、胡椒がファンで飛んできた。被害を防ぐ為、タブレットでさりげなく壁をつくる。 「昨日のひつまぶし、美味しかったですね」 「あぁ」 「浜松で食べたうな重も」 「あぁ」 「鰻食べたことしか思い出せない……」 ツッコミ不在の環境に慣れ過ぎて、都築はひとりで頭を抱えた。 タブレットのチェックリストを開き、浜松と名古屋で寄った神社を指で弾いて除外する。 「は~。ほんとどこにいるんだろ、主様」 都築の独白に、景は胡椒を振る手を止めた。 親の仇のように小瓶を振っていた彼が止まったことに気付き、都築もサンドイッチを頬張る。 「……」 人が増えてきたフードコートで黙々と食事した。 この明るく賑やかな空間で懊悩しているのは、自分だけかもしれない、と都築は考える。 名田都築と鏑木景。彼らは他者に話せない秘密を共有している。 互いに情報開示もせず、だが雨の週末は必ず一緒に出掛ける。 都築は最後のひと口を飲み込んで、左手の袖をまくった。普段は隠れているが、小さな真珠が一つだけついたブレスレットをしている。 景もまた、影響されたように自身の左耳に触れた。 黒髪の下では、都築と同じ宝石がついたイヤーカフスが淡く光っていた。 「ご馳走様でした」 両手を合わせ、都築は景に笑いかける。 「でも大丈夫ですよ、これだけ色々捜し回ってるんだから。そのうち必ず、主様の居場所を見つけられます」 「……」 景は少し苦い顔で頬杖をついていたが、小さく頷き、席を立った。 「次回る場所は決めてるのか?」 「うーん。京都と奈良は回り尽くしたからなぁ。今回は東海で……北関東を見た後、東北も行ってみます?」 週末の雨天だけ出掛けるのは、……雨が普段眠っている“昔”の感覚を少しばかり引き出してくれるからだ。 「分かった」 景さんはポケットに手を入れ、颯爽と先を歩いた。 雲ひとつない青空の下に出て、彼の後ろ姿を眺める。 ……俺は景さんのことを全然知らないけど、一緒に暮らしていたことがある。 遥か昔、俺達は同じ神に仕えていたから。 景さんは上着を羽織り、車の前で足を止めた。朝の風を受けながら、静かに息をついている。 眠いだろうに弱音も文句も絶対言わない。 そんな彼が珍しく気持ちよさそうにしているのを見て、嬉しくなる。 太陽が眩しい。都築は顔の前に手をかざし、目を細めた。 「……運転する?」 「はい!」 静かに尋ねる彼に、元気よく頷いた。 奇妙な人生。奇妙な関係。 それでいい。彼に逢えただけで生まれ変わった意味がある。 彼の笑顔を見ることができたら、今度は新たな意味も生まれるだろう。
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七賀ごふん
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