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第62話
「俺達が一年前に初めて会った場所。やっぱり、何も言わなくても会えちゃいましたね」
「ま……記念日みたいなもんだからな」
景はビニール傘を畳み、涙雨に打たれた。
東京へ戻ってから、都築は就職活動を始めた。その間は主の捜索活動を一旦停止し、互いの生活を最優先することにしたのだ。
忙しくも楽しかったバイトを辞めるのは正直寂しかったけど……皆笑顔で応援してくれたから、彼らの気持ちにも応えたいと思った。
初志貫徹の想いで仕事を探し、苦労はしたものの無事に仕事が決まった。その報告も兼ねて、近々景さんに会おうと思っていた。
でもその前にこうして肩を並べることができたから、嬉し過ぎて笑ってしまう。
「もう仕事は始まってるんだよな。まずは就職おめでとう」
景さんは嬉しそうに微笑み、優しく頭を撫でてきた。
「ありがとうございます。ただ、これからは休みが土日固定になっちゃいます」
「そうか。じゃあ俺もまた会社員に戻るかな」
「景さんは今の働き方が合ってるんじゃないですか?」
「全然。俺は会社員の方が向いてるってよく分かった。元々お前を捜す為にフリーランスにしてただけだしな」
そうだったんだ。
改めて彼の想いに感謝し、小さく頷いた。
ようやくバタバタした生活が一段落しようとしている。主のことはこれからも探し続けるけど、動き方は少し変わりそうだ。
都筑は思いきり腕を伸ばした。
「……よし。マイナスイオンもいっぱい吸ったことだし。景さん、今度は焼肉の煙を吸いに行きましょ!」
「はいはい。就職祝いに、な」
景は苦笑しながら都築の背中に手を添えた。そのまま階段を降りるかと思いきや、足を止めて振り返った。
「景さん?」
「食い終わったら、物件でも見に行くか」
「物件……え!」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を押さえる。景さんはそれを見て、したり顔で横を通った。
「お前がいきなり仕事探し出すから、ずっと保留案件だっただろ。お前のご両親にも伝えるんだから、一緒に住む家早く決めるぞ」
「景さん……どうしよ、嬉しい。ありがとうございます」
遅ればせながら、喜びがじわじわと込み上がってくる。都築は呼吸を整えながら、雨にぬれる景の頬をぬぐった。
「景さん、俺は! …………待って、誰もいませんか?」
「いない」
「ありがとうございます。……俺は、景さんが大好きです!」
恥ずかしげもなく、声高らかに宣言した。
一年前なら考えられない、大胆極まりない行動。自分でも内心びびりながら、しかし目の前の愛しい恋人の手を掴む。
「愛してます。愛することを誓います。……永遠に」
滝の前で、つたないプロポーズをした。
アホかって思われそうだけど、許してほしい。何度でもしたいし、何度もしないと不安なのだ。
どこかで見てくれてるあの方の為にも、俺は何千回でもこの青年に愛を伝えよう。
「……っ」
景さんは珍しく照れくさそうに頭をかき、それから息を吸った。
「ありがとう。俺も今ここで誓う」
絶対誰にも見せられない。炭酸のように淡く弾けるこれは、遅ればせた青春か。
はたまた輪廻の魂を持つ者同士の盟約か。答えのない眴せの中、互いの手をとる。
「絶対幸せにする。今世も来世も、その先も。……愛してるよ、都築」
生まれ変わってくれてありがとう。
彼はそう言って、俺を強く抱き締めた。
長い長い時間を経て、ようやく手に入れたものがある。
俺達はそれを小さな宝箱に入れ、これからも旅を続ける。
大丈夫。長い迷路の先で迷ったら、またここに来ればいいだけだ。ぬかるんだ場所で転んだって、必ず手をとり、互いに支え合う。
離れていたって引かれ合う。
あなたと巡る愛しい雨旅は、今ようやく始まったんだ。
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