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【第1章】 第1話 推しぬい

 あー。疲れた。  大学の昼休み。  学食で昼食をとったオレ、|宮瀬 貴臣《みやせ たかおみ》は中庭の端のベンチに一人で腰かけた。  ここは人があまり来ない、お気に入りの場所だ。  鞄の中にある、ぬいぐるみを入れてる袋をそっと手で探り当てた。周りに人がいないことを確認してから、袋から可愛いぬいを出して、手に乗せて目に映す。  手のひらサイズの、推しのぬいぐるみ。  頭がまあるく大きめで、体はちょこんとコンパクト。二頭身の愛され体型だ。  大きくてつぶらな瞳に、微笑んでる口元が可愛い。あごには小さなほくろもついている。  ふわっと跳ねた髪と、前髪が少しだけ目にかかっているのもポイント。  水色のシャツに、オシャレなブレスレットとネックレスも再現した。  市販品ではなく――手芸部だったオレの、手作り。世界にひとつだけの特別。  オレの最推しの人、サークルの先輩(※男)の|白川 陽彩《しらかわ ひいろ》先輩をモデルに作ったミニチュアだ。ぬいの名前は「先輩くん」。こっそり作って、大事に持ち歩いている。  それはもう、たくさんの尊敬と好意をこめて可愛く仕上げた、世界に一体しかないミニ先輩。  大学では頑張って友達を作って、なんとか普通に話してはいるけど、陽キャに擬態してるオレは、たまにものすごく疲れる時がある。そんな時は「先輩くん」をちょっと目に映し、元気を復活させている。  今日も「先輩くん」は可愛い。  と言っても、本物の先輩はカッコいい人なんだけど、ぬいは可愛く出来てて、癒しの極みなんだよね。これを見るだけで、癒される。  ――オレは、高校までは、かなりコミュ障だった。陽キャ陰キャで分けるなら、まぎれもない陰キャだ。まあ似た者同士でそこそこ友達は居たし、別にそれでいいと思っていた。が、しかし。  高校の卒業式の夜、二歳下の妹の|結愛《ゆあ》に、突然の宣言を受けた。 「お兄は、もとはいいのに、全部もったいない! 背も高いし、そもそもイケオジって言われてるパパに似てるんだからイケる! 外見も中身も全部とっかえて、大学デビュー、全力で応援するから! 春休み、鍛えようよ!」  外見と中身全部とっかえってひどくない? なくなっちゃうじゃん、と、苦笑しか浮かばなかった。  結愛は昔から可愛くて、オシャレに敏感な人気者だ。兄妹でこんなに違うものかと、不思議になるくらい。少し変わった趣味はあるけど、まあそれだけ置いとけば、表では確実に陽キャグループの中心にいる。高校が同じでたまに見かけたが、いつも人に囲まれていた。  結愛みたいには無理だよ、と言いながらも、でも確かに、オレ自身、このままじゃまずいかなとは思っていた。まず、人と臆せずに向き合える外見にするのは、今この時を逃したら無いと思って頑張ることにした。  鍛えるって何だろ。服装とかかな? と甘く考えていたオレは、春休み、それはそれは大変な特訓を受けることになった。  まず美容院に連れていかれ、眉毛も整えられ、眼鏡も奪われ、泣きながらコンタクトの練習をした。  声の出し方、立ち方、歩き方まで指導されたし、イケメンモデルの雑誌なんて初めて見たが熟読させられた。  可愛い妹が、鬼監督みたいだった。  もともとそんなに持ってなかった服はほぼ処分され、面白がった母の資金援助のもと、大学に着ていく服やアクセサリーは、ほぼ全て結愛が選んだ。  四月からもう三か月弱、それらを身に着けているけど、いまだ、鏡の中の自分に慣れない。  でも――結愛の言う通りだった。  人は、外側が変わると、少しだけ中身も変わる。  何より、人からの見る目が変わる。  入学後、授業のガイダンスとともに、サークルの勧誘合戦が、学内の至る所で繰り広げられた。見た目だけマシになったオレは早々に出来た友達と一緒に、結構な数の先輩たちに話しかけられた。  派手な女の先輩とかに「可愛い~! うちおいでよ」なんて何回も声をかけられ、人生で初の誘いに、心の中は、ひぃぃと叫んでいた。  山ほど声を掛けられたサークル勧誘の声かけ。勢いが怖すぎて、このままだとどれにも入らずに終わるかも、と思った時。ふいに、届いた声。 「こんにちは。ね、もうサークル決めちゃった?」  柔らかい声、それが、白川先輩だった。  振り返ると、背はオレより少し低め。明るいこげ茶の髪に、大きな瞳。ふんわり笑う口元。  ――かなりイケメン。  でも。  笑顔が可愛くて、一気に気持ちが盛り上がり、マジマジと見つめてしまった。  作りたい、この人のぬい。  頭の中に、ぬいの下絵が浮かんでいた。  どんなサークルかという説明を先輩がしてくれた。  適当にスポーツをしながら、飲み会や合宿をしたりして、楽しくすごそうというサークルだった。  それまでになんこも、すごい勢いのサークル説明を受けてたけど、先輩の話し方は優しくて、好きだと思った。  オレに説明をしてくれている時の、先輩の笑った顔、ずっと、いいなと思っていた。  結局、オレは、先輩との縁を切りたくなくて、そのサークルに入ることを決めた。  入ってから知ったのだが、百人近くメンバーがいる、でかいサークルで、新歓の飲み会とかすごい人数だった。派手な先輩達も結構居るサークルに入ってしまって、後になってから相当引きながらも、オレが辞めずにいる理由も。  ――そこに白川先輩が居るからだ。

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