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第2話 先輩の手に「先輩くん」

 とにかく、一目惚れに近かったよなぁ……。  その後も、勧誘した後輩だからなのか、たまに話しかけてくれるし、サークルの場所に顔を出すと、名前を呼んでくれたりして、とても優しい。  ――昔から、もしかしたらそうかな、とは思っていたけど。  オレは、ゲイなのかもしれない。  女の子に対して、性的な欲求を感じたことがない。  かといって、男に対しても今まではなかった。  体の反応としてはちゃんと欲としてあるけど、それが特定の誰かに向かうってこともなかった。  そういう気持ちが薄いんだろうって、ずっと思ってた。  でも、先輩のことだけは、すごく可愛いって思ってる。  先輩の笑った顔を見てるだけで、胸がギュってなるの、なんなんだろうって、いつも思う。  この気持ちが、もしかして――と思うと、心臓がやたらとうるさくなる。  なんていうか……とにかく、大好き。  最初に、ミニチュアを作りたい欲がめちゃくちゃ沸き起こってしまった。  それが世間一般に言う「恋」なのかは、経験が無さすぎてよく分からない。  でも会えると嬉しいし、話しかけられると気持ちが弾む。  そういう気持ちは、先輩に対してだけ、すごくある。  なんで、ぬいをつくる方に気持ちが向かうかというと。  まあ、一言で、趣味ってだけ。  オレは、高校では手芸部の部長だった。  ひっそり在籍するつもりが、オレの作るぬいを見た女子部員たちが騒ぎ立て、いつしか、部長にされてしまった。学園祭で、ぬいを売って、かなりの売り上げを達成したりもした。オレが作るぬいは、可愛くて評判で、自分でも、その可愛さだけはちょっと自信がある。  だがしかし、オレが作ってるという時点で、基本的には、気持ちわるいものになるだろう。  高校の時に売れたのは、手芸部として売り出したからだ。  当然、そんな特技は、大学では誰にも言っていない。高校の知り合いは同じ大学に居ないので、バレないから、それでよし。  「先輩くん」を見て、ふふ、とご機嫌になる。すげー可愛い。  先輩だと思うと、余計に癒されるんだよなぁ……。不思議なくらい。  我ながら、変な趣味だとは思うが、誰にも迷惑をかけていないし、誰にも知られなければ、これくらいのことは許されるだろう。  ひとしきり癒されて満足したオレは、ぬいを専用の袋にしまおうと、その口を開いた。ちなみにその袋もオレの手作り。青空を模して、とても可愛く出来ている。  その袋の中に、「先輩くん」をしまおうとした瞬間、だった。 「よっ、宮瀬」  オレが聞き違える筈がない。白川先輩の声が、すぐ後ろから聞こえた。  心臓が竦みあがり、ぴしきぃぃぃん……!!  大きく震えて固まったオレは、あろうことか、「先輩くん」を落としてしまった。  オレに声をかけた後、前にまわってきてた先輩は、不思議そうに、「先輩くん」を拾い上げた。 「何か落としたけど――人形?」  不思議そうに、その人形を持って、先輩が見つめている。  先輩の手に、「先輩くん」がいる……! もう完全にパニックで、動けない。 「何コレ? 可愛いな。何かのアニメのキャラ?」 「……っ」 「意外、アニメとか見るんだね。どんなの見るの、宮瀬」 「っ」  何も言葉が出てこない。  だって、「先輩くん」が、この世で一番、居てはいけないところに居るのだから。  出来るものなら、いますぐ先輩の手から「先輩くん」を奪い取って、脱兎のごとく走り、一人暮らしの家に引きこもりたい。 「オレも好きなアニメもあるからさ。言ってみてよ、知ってるかも」 「……っ」  とっさに何か似たキャラを言えば、とか思うのだけど、ほとんどアニメは見ないし、先輩に似てるキャラなんて、全く出てこない。 「なんかどっかで見たことある気がするんだよなぁ」  クスクス笑いながら、先輩は「先輩くん」をクルクルまわして色んな方向から観察してる。 「右あごのって、ほくろ? なんかすげー細かい作りだな、これ。あ、オレもあるんだよ、右あごのほくろ」  ほれほれ、と自分の右あごのほくろを指差している。  ……知ってます。だって先輩だから、それ。  そう言える訳もなく、引きつった笑顔を浮かべる。  つか……とにかく、返してもらわないと……! 「あ……このネックレスもブレスも、似たの持ってるかも。水色のシャツ、オレ、今着てるし……ってなんか、共通点多くねえ? はは、おもしろ」  のんきな声の先輩に、オレはもう、その場で後ろにぶっ倒れたい気分だ。  知ってる、そのシャツ、お気に入りらしくて、何回か見てる。  すごく似合うから、服を考える時に、それにしてしまったんだ。  ……忠実に作りすぎた! まさか本人に見られるなんて、思いもしなかったから!  ――もうここから消えよう。  それしかない。  そして、先輩の目には一生うつらないようにしよう。  不意に立ち上がって、「失礼しました!」と言い、くるっときびすを返したオレを、先輩が慌てたように、腕を掴んで止めた。 (2025/8/23)

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