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第7話 冷たいロジック
あまりにも無機質で、あまりにも事務的な言葉。
それは、システムの脆弱性を報告するエンジニアの口調そのものだった。蓮にとって、これはすでに「解析 」であり、陽のプライベートは「情報 」であり、彼の心の傷は「侵入口 」でしかなかった。それが、黒崎蓮という男の、世界で唯一の戦い方だった。
だが、その刃のようなロジックは、ソファで膝を抱えていた陽にはあまりにも冷たすぎた。
「……ふざ、けるなよ」
絞り出すような声が、部屋の空気を切り裂いた。ようやく顔を上げた陽の瞳は赤く充血し、怒りと、そして深い絶望の色に染まっていた。
「なんだよそれ……! オレの……オレの気持ちは、お前にとってはその程度のものなのかよ!」
「感傷に浸ってる場合か。これは最も効率的で、論理的な手順だ。感情論で奴を追い詰められるとでも思ってんのか」
蓮の、一切の温度を感じさせない返答。その言葉が、陽の中で、最後の何かを、ぷつりと断ち切った。
「感情論……?」
陽は、まるで信じられないものを見るかのように蓮を見つめた。そして、乾いた笑いを漏らす。それは、自分自身を、そして目の前の無理解な天才を嘲るような、ひどく痛々しい笑みだった。
「そうか……そうだよな。お前にとっては、人の心なんて、全部『非論理的』で『非効率』なだけのガラクタなんだ」
陽はソファからゆっくりと立ち上がる。その瞳には、全てを拒絶する、氷のような光が宿っていた。
「あの男も、お前も、同じだ」
その言葉は、静かだったが、どんな罵声よりも鋭く蓮の胸を貫いた。
「人の心をなんだと思ってるんだよ……! 面白がって土足で踏み荒らすあの男も! 解析の材料みたいにこじ開けようとするお前も! どっちも同じだ! 最低だ……!」
それは、ずっと張り詰めていた糸が、ついに切れた音だった。
蓮は、言葉を失っていた。
同じ? 俺が、あの男と?
理解ができなかった。自分は陽を助けるために、この状況を打開するために、最も正しいと信じる方法を選んだはずだ。そこには、あの男のような悪意も、娯楽性もない。純粋な、問題解決のためのロジックがあるだけだ。
だが、目の前で怒りに震え、自分を拒絶する陽の姿が、その完璧なはずのロジックに「エラー」を突きつけていた。
「もう……お前とは話したくない」
それだけ言うと、陽は蓮に背を向け、自分のベッドへと歩いていく。そして、中に潜り込むと、頭まで布団を被ってしまった。小さく震える塊が、彼がこれ以上ないほど傷ついていることを物語っている。
蓮は、何も言えずに、ただその光景を見つめることしかできなかった。
解析は、開始わずか数分で行き詰まった。
目の前にいる、最も重要な「情報源 」が、アクセスを拒絶してしまったからだ。
部屋を支配する、重い沈黙。
それは、蓮の論理では決して解き明かすことのできない、人間の心の痛みそのものだった。
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