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15 翌日⑥ 一生かなわない
「本っ当にごめんね……」
「ふふ、もう大丈夫……あれ」
椋は自分の声に驚いた。掠れていて、まるで知らない誰かの声みたいだった。
「声、ガラガラになっちゃってる……!ちょっと待ってて。」
ベッドの上は、2人がたっぷり愛し合った名残で、見事なまでにぐちゃぐちゃだった。体力を使い果たしてふにゃふにゃになった椋を、レンはお姫様抱っこで風呂場まで連れて行き、優しく洗い清めた。
そのあと、ふわふわのタオルで拭いて、新しい部屋着に着替えさせて、そっとソファに寝かせる。
リビングには、洗濯機の回る音と、レンがキッチンで何かを用意している小さな物音だけが響いている。どれも心地よくて、椋はまるで子守唄みたいだなぁと思いながら、うとうとしていた。
「椋、はちみつのやつできたよ。飲める?」
レンの声で、ふっと意識が浮かぶ。ソファのそばにしゃがみこんだレンが、そっとマグカップを差し出した。中には、ふわりと香る、はちみつ入りのホットミルク。
レンにそっと支えられて、マグカップを両手で受け取る。
ふぅ、ふぅと熱を逃し口含めば、あたたかくて、やさしくて――じんわりと、心まで満たされていく。
「……おいしい。ありがとう、レン」
「よかった……」
大きく息をついたレンは、ソファのすぐそば、床にぺたんと座り込んだ。
「本当はさ、もっと椋のこと甘やかしたかったのに……途中からガツガツしちゃって、俺、かっこ悪かった」
「そんなことないよ。ちょっと意地悪なレンも、かっこよかったし」
そう言うと、先ほどの行為を思い出して頬が真っ赤になる。
その様子にレンはじとっと椋を睨んできた。
「もー……元はと言えば椋が」
「え、僕ぅ?」
「……椋のおっぱいしゃぶったとき……」
ぽつりと落ちた声は、どこか拗ねたようで、それでいて、どこか恥ずかしさも滲んでいた。
「子ども扱い、されたみたいで……なんか、悔しくなっちゃって」
視線は合わせず、目を泳がせながらぽつぽつと語るその様子に、椋は思わずあぁ、と少し反省した。
レンにとって“子どもに戻る”ことは、どうしても戸惑うようで。
だから、“大人の自分”とセックスしていたのに、最中に頭を撫でられたことで、子ども扱いされたように感じてしまって。気づけば、意地悪スイッチが入ったみたいだった。
「レン」
「……なに」
ちょっとだけ不貞腐れたようなその横顔。椋はレンの髪に指を滑らせながら、やわらかく語りかけた。
「僕はね、レンの幼なじみで、親友で、恋人で、そして時々……ママにもなるよ」
「昨日のママモードがまだ残ってたみたいで……ごめんね?」
「……べつに。いいけど」
「僕は、どんなレンも大好き。優しいレンも、可愛いレンも、しっかり者でかっこいいレンも――」
一呼吸おいて、いたずらっぽく笑う。
「そして、ちょっとエッチで意地悪なレンも、ね」
レンが照れ隠しのように唇を尖らせて俯いた。椋はくすっと笑って、そっとその手を取る。
「だから……もっとたくさん見せてね。レンの全部。ちゃんと受け止めるから。安心してね」
その言葉に、レンは目を見開く。あぁ、こんなふうに無条件で愛してくれる人なんて、どこを探してもいない。
社長は言ってくれた。「君はどこまでも飛べる」と。
でも――。椋とじゃなければ意味がない。
(……椋には、一生敵わない)
「ありがとう、椋。……愛してる」
「ふふっ。僕もっ」
静かにそう思って、レンはそっと椋を抱きしめた。
胸に顔を埋めると、そこからはいつもと同じ、あたたかくてやさしい匂いがした。
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