50 / 107
第50話
「夫人、王女殿下がお目覚めでしょうから、そろそろお戻りを」
これ以上は駄目だと、やんわり伝える。ヒバリはサーミフの客だ。サーミフの側近である凪がタイムリミットだと言うのであれば、夫人という立場であってもそれには従わなければならない。
「わかりました。ヒバリ様、今日はこれで失礼いたします。……また、お会いできますか?」
その問いに言葉はなかったが、ヒバリが小さく頷いたのを見てツバキはホッとしたように微笑んだ。
「では、失礼いたします」
何度も何度もヒバリを振り返りながらツバキは部屋を出る。パタンと扉が閉まった瞬間、凪は小さく息をついた。しばらく無言で歩く。そしてヒバリの部屋から充分に遠ざかった人気の無い場所で凪は足を止めた。
「夫人、差し出がましいことですが例えお礼の意味であったとしても彼に何かを贈るのは止めてください。下手なことをすれば彼の主の不興をかいます」
ウォルメン閣下はヒバリに執着していると侍従長は言っていた。彼が身につけるものはすべて、閣下が選んだ物でなければならないのだと。
サーミフのように絨毯などを贈るのはウォルメン閣下の琴線に触れないのかもしれないが、あまり閣下とヒバリの関係性を理解していない者が安易に贈り物をするのは危険だろう。
母がウォルメン閣下の不興をかうことに関してはどうでもいい。むしろそれでヒバリとの関りが皆無になるのであれば嬉しい限りだとさえ思っている。だが、相手がウォルメン閣下で、母が国王の夫人である限り、それは母だけの失態にはなりえない。王家を巻き込み、ひいてはディーディアという国を巻き込むだろう。流石にそれでも良いと無関心を貫くほど豪胆にはなれない。
ともだちにシェアしよう!

