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第52話

「凪、何度も言うけれど、あの方に非は無いわ。私が願ったの。あの方は手を差し伸べてくれただけ。そうでしょう? あの方を恨まないで。選んだのは私なのよ」  ヒバリが示したのはひとつの道だ。それを歩むも歩まないも自由で、選択権はいつだってツバキにあった。ヒバリは何も強要したことは無い。もっといえば、あの時ツバキが声をかけなければ、ヒバリはツバキの存在に気づきもしなかっただろう。  ツバキの願いに対し、ヒバリが差し出せたのがたまたまこの道で、それを歩むとツバキが決めたから、今の夫人という立場がある。ただそれだけのことだ。今回ヒバリが覚えていたことも奇跡だと思えるほどに、彼と過ごした時間は短かった。それは凪にだってわかっているはず。けれどツバキの息子は決して、あの日のヒバリを許そうとしない。ずっと、ずっと。ただその心の内を使用人の仮面で隠しているだけだ。 「そう、選んだのはあなただ。そして、その道を歩むのもあなたでしかない。あなたの道を僕が歩めないように、あなたの心を僕が操れないように、僕の道を歩むのは僕で、僕の心をあなたが操ることはできない。例えそれが血の繋がった親子であったとしても」  母、と呼ばなくなってどれほど経つだろう。彼女が夫人となり、自分が使用人となって、彼女の前に頭を垂れるようになって、どれほどの時間が流れたのか。もはや彼女と自分を繋ぐものはその身に流れる血だけで、親子とすら呼べないかもしれない。でも、それならそれで構わないと凪は冷めた心で思う。

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