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第53話

「では、忠告はしましたから」  サッと使用人の仮面を被り、凪は礼をすると踵を返した。コツリ、コツリと小さく足音を立てて去っていく息子の背中を、ツバキは静かに見つめ続ける。 〝どうか助けてください〟  あの日、そう懇願した十一年前の自分をツバキは鮮明に覚えている。  安宿の一室に置いてきた息子を気にかけながら、あの時のツバキは必死に仕事や住居を探した。けれど当時ツバキはディーディア語をカタコトでしか話すことができず、その状態で仕事を見つけるのは困難を極めた。仕事が無ければ、住む場所さえ借りることはできない。今は持ってきた金で安宿に泊まることができているが、稼がなければ金はいつか尽きる。蝶よ花よと育てられたツバキには仕事にできるような突出した何かはなく、汗水たらして働けるほど体力も腕力もない。けれど息子を生かさなければならないという母親としての本能がツバキを突き動かした。

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