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第54話
探して探して、けれど最初から選択肢などそう無い。道の端でツバキは一枚のチラシを握りしめながら蹲った。先程見つけた、ひとつの可能性。言葉があまり通じずとも金を稼げるだろう、安価な娼館。貴族の夫人として磨き抜かれた玉の肌は、子供を産んだ今でも充分に男の欲を掻き立てられるだろう。高級娼館は技術もさることながら高度な話術が必要となる。母国語でならまだしも、ディーディア語で高度な言葉遊びをできるとも思えない。
ディーディア国が逃げるに最適だった。だからここに来た。けれどツバキの後ろ盾になってくれる人はおらず、もはや貴族としての力もない。ここにいるのは、働けない幼子を抱えた非力で世間知らずな女なのだ。明日をどうするかさえ定まらない。
もう、ここしか……。
諦めにも苦痛にも似た、奇妙な感覚でチラシを握りしめる。そして顔を上げた時、その姿が視界の端に映った。
〝どうか助けてください〟
恥も外聞も捨てて、ツバキはその腕を掴み縋るように願った。母国語で必死に助けを求める。王宮から出てきた彼には母国語が通じることも、大きな力を持っていることも知っていたから。
かつて兎堵の王宮で見かけ、ほんの少しだけ言葉を交わした。時間にすればほんの数分程度の関わり。けれどツバキはもうそこに縋るしかない。
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