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第55話
かつてと寸分変わらぬ姿で立つ彼に、ツバキは願った。助けてほしい、子供を育てなければならないのだと。そんなツバキに彼は動かぬ無表情の中でほんの少し瞳を揺らめかせ、ひとつの道を提示してくれた。それしか自分には出来ない、その後どうなるかという保証もないと危険さえも正直に告げて。
考える暇はなかった。否、ツバキは一瞬で考え、そして決断したのだ。その決断が何をしてでも守りたかった息子との関係に溝を作ることになるなど、わかるはずもなかったが。
「でも、それでも」
ツバキはもう見えなくなった息子の姿を思う。
母と呼んでくれなくなっても、もうかつての親子には戻れなくても、それでも、
「私はあの方に感謝しているし、後悔はしないわ」
いつか、そう思う。
いつか、親子の絆は戻らなかったとしても、それでも、凪がヒバリに対して抱く誤解が解ければいい。その呪縛はヒバリにはもちろん、凪にとっても足枷にしかならない。
どれだけ嫌われようと、ツバキは息子の幸せを願っている。ずっと、ずっとだ。
「凪」
愛おしい、私の息子。どうか……。
祈るようにツバキは瞼を閉じる。そしてそっと踵を返した。
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