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第107話
報告を。その言葉に凪は目の前の主を見つめ口を開く。
「今日もほぼ変わりなく。いつもと同じつまみを注文し、いつもと同じ酒を飲み、いつもと同じように客と話していましたが、特に変わった様子や会話も見受けられませんでした。少し違うといえば、客の男にヒバリ様が口説かれていたような雰囲気があった程度でしょうか」
随分と距離が近かったが、それ以外は特に変わった様子もなかった。
「口説かれていた?」
客の男にか? と問いかける主に凪は頷く。
「好きになったとか、そういう言葉を聞いたのか?」
贋金の調査には関係ないことだと思うのだが、彼はやけに拘っているようだ。ヒバリがウォルメン閣下から預かった大切な小鳥だからだろうか? と自分の中でボンヤリと結論を出しつつ、凪は思い出すように天井を見上げた。
「……いいえ。耳元に顔を近づけて、確か、興味があると」
「興味がある?」
「はい。そう囁いていました」
興味がある、と再び呟いて、サーミフは何かを考えるように顎に指を添える。
「わかった。それは引き続き監視を。それから、他には何かなかったか? 例えばヒバリ殿に関することや、いつもと違ったことは?」
詳しいことは何もわからないとはいえ、ウォルメン閣下の大切な小鳥という絶対的な立場がわかっているというのに、サーミフはなぜかヒバリのことを疑っているかのように知りたがる。だが凪が幾度記憶を遡っても、ヒバリが自身のことを言った場面は思い当たらなかった。彼はただただ楽しそうな演技をして、客の男と話しながら酒を飲んでいた。その会話とて、どうでも良いことばかりだったように思う。
「いいえ。調査中ですから、ヒバリ様がご自身のことを仰ることはないでしょう。行動も店の中も、特に変わったことはありません。いつも通りです。それこそが怪しいのだとお考えであれば、怪しいと言えるのかもしれませんが」
少なくとも凪の目にはなんら変わった様子はなかった。贋金の件を考えれば焦ったくなるほどに収穫はない。
嘘は無いかと見定めてくる主を前に、凪はただ淡々とその瞳を見つめ返した。彼が小さくため息を吐く。
「わかった。今日はもう良い。下がれ」
もう夜も遅いから、と凪は命令通りに頭を垂れて部屋を出る。その後ろ姿をジッと主が見つめていることは感じ取っていたが、何も嘘はついていないし、ありのままを報告したのだから恐ることはないと、背筋を伸ばし前を向く。
さて、早く寝ないと明日が辛い。そんなことを考えながら凪はふわりと欠伸をこぼした。
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