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「雨の降る街の中で」プロローグ

 世界は残酷だとか悲劇だとか、そんな事をよく話す人がいると言われている。  だが、それは言っている人間と聞いている人間の温度差がある事を忘れてはならないと、知恵のある賢者達はそう告げる事がある。  賢者達は皆が口を揃えてこう告げる。 『人の思考とは多種多様が主たるもの。それとは別に、他人の言葉を敏感に感じ取る心を傷付けようとすうる者は然るべき方法で裁かれるべきなのである』  誰かを傷付けるならば、それ相応の裁きを受けなくてはならない。  それが自然と当たり前の常識だった……筈だった。  青年は初めどうするべきかと考えていた、目の前の状況を。  時刻は深夜、雨の降る街の中、目の前にはちょっと見慣れない外国人が物凄い怪我をしているのか、ぐったりしている……公園のボール型遊具の下で。  偶然だと青年は考えていた、たまたま雨音に誘われて深夜の散歩をしていただけなので、誰かに呼ばれた、とか一切ない。  普通にこの公園は深夜は花たちが綺麗に見えるから好きで、決して誰かの存在に気付いて来たのではない。 「あ、あの……あ、外国語じゃないと分からないか……僕、そんなに語学力ないし……と、とりあえずこのままだと低体温で死んじゃう……連れて行くか……!」  青年は傘を怪我をしている外国人の男性に預けて、その冷えた身体を頑張って支えながら起こす。  背丈はそこまで差はないけれども、体格は差があり過ぎて青年は少々羨ましくなっていたが、今はそんな事を考えている場合じゃない。  男性を連れて必死に自宅マンションに連れて行くと、幸いかどうかは置いておいて住人とも鉢合わせる事はなかった。  なんとかずぶ濡れになりながらも男性を連れ帰った青年、自宅に着くなり男性の衣服と自分の衣服を脱ぎ捨ててベッドに男性を押し込み、室温を上げる為に季節外れの暖房を付けて、自分は熱めのシャワーを浴びる。 「これからどうしたらいいんだ? まず身体を拭いてあげたりしないといけない……身体の基礎体温を高めて上げないと行けない……意識が戻ったらアプリで翻訳を使って、コミュニケーション取って……」  青年は、そこまで話をして色々と計画を立てていた。  そして、シャワーから出て髪の毛をバスタオルで拭きながら、トランクス一枚で部屋に戻ると男性が身体を起こして戸惑っているのが視界に入る。  青年の視線と、男性の視線がパチっと絡み合って静止……後に男性は戸惑いながら言葉を発する。 「ここは、君の家なのだろうか……?」 「へっ、あ、は、はい。日本語行けるんですね……お兄さん、公園で意識失くしていたのと怪我しているようだったから……大丈夫ですか?」  男性が流暢過ぎる程の言葉遣いで日本語を話すのを聞いて、青年は驚きで少し抜けた返事をするが、それを男性が指摘する事は無かった。  男性の傍に膝立ちしてベッドの男性を見上げた時、男性の瞳を初めて見た青年は色白い自身の肌が色付くのを感じ取る。  また男性も青年の美しい顔立ちと、濡れそぼった唇に意識が釘付けになって視線が外せない。 「……君は美しいのだな」 「えっ、あ、そん、ことないです……」 「いや、美しいよ。君のような素敵な子に助けられたのは奇跡かも知れない。女神に感謝だね」  至近距離で微笑みを浮かべる男性に青年はどんどん肌を赤く染め上げていく。  顔まで赤くなった青年には男性は微笑むだけで、決して手を触れたりして接触をしたりはしなかった。  だから、青年は無意識に安心していたのだろう、男性の部屋着を用意しようと立ち上がりクローゼットを開けた青年の背中を、バスタオルがズルっと落ちた時、男性が口を押さえた。 「あっ! ごめんなさい、醜いですよね!? すぐに着替えますから!!」 「あ、いや……その跡は一体……?」 「……僕の性癖、だと思っててもらえれば……あははっ……」 「……」  青年の背中には火傷跡から切り傷、打撲痕がくっきり残っているのを男性は注意深く見つめていた。  そして、青年が先に厚手のトレーナーを着て、そして、男性には少し大きめのスウェットを用意し、着替えている間に青年は軽食を作る為にキッチンに立った。  男性は少し着慣れない服に時間を掛けて着替えるとベッドから立って、自分の身体の調子を確認するようにスクワットらしい動きを数回行ったが、違和感もなかったのかキッチンに来て青年に問い掛けた。 「君の名をお伺いしてもいいだろうか? 私の命の恩人である君の名を私は知りたい」 「あ、そう言えば自己紹介まだだった。僕は神威、神威 尊(かむい みこと)って言います。尊とか気軽に呼びやすい呼び方をして下さい」 「!!、君が……。あっ、あぁ……それじゃ私の名を教えないとね。私は……レイスチャード・アルテミス。アルテミスと呼んでくれると嬉しい」 「へぇ、素敵なお名前ですね。アルテミスさん、月の女神様のお名前なんて素敵だ」  青年がそう言って隣に立つアルテミスを見るとニコリと微笑みを浮かべる。  だが、アルテミスはその微笑みの中に悲しみが宿っている気がして、問い掛けるべきか悩んでいた。  神威が作り上げたのは身体が温まるポトフと卵焼きを挟んだクロワッサンサンド。  それを小さなミニテーブルを挟んで食べているアルテミスと神威は、身体が温まってから一息吐いていた。 「それじゃ僕は寝袋に入るので、アルテミスさんはベッドを使って下さい」 「待ちなさい。それはいけない。君の部屋なのだから君がベッドをお使いなさい。私はそこら辺で眠れるから」 「駄目ですよ! アルテミスさんがしっかり休まないと! 俺はキャンプで慣れているから平気です。さぁ、ベッドに行って下さい! 「ならばこうするまでだ」 「うわっ!?」  神威の右腕を掴んだアルテミスは綺麗な動きで、ベッドに神威を押し倒す。  流れるような動きで押し倒された神威は、キョトンとした顔をアルテミスに晒してから急激に顔を真っ赤に染め上げていく。  だが、アルテミスはそんな神威の頭を優しくポンポンとしてから、そっと離れると神威が使おうとしていた寝袋を手にして、床に移動してしまうと部屋の灯りを消してしまった。  アルテミスは床に座ったまま暗闇に瞳が慣れるのを待っていて、その間にも神威は眠気と戦っていた。  寝返りを打ちながら眠らないようにとしていると、不意に動く気配を感じてそちら側に視線を向けるが見えないままでいると。 「眠れないのかい?」 「あっ……はい、寝たくなくて……」 「眠らないと疲れは取れない……大丈夫、私がこうしてあげよう」 「ん……アルテミスさん、ごめんなさい……」  アルテミスの大きな右手が神威の髪を撫でると、それだけで睡魔に意識を落とす神威。  そして、完全に寝入ったのを確認したアルテミスは……そっと手を離して夜目に慣れてきた瞳で神威の寝顔を見つめる。  幼い顔立ちではない神威の美しい寝顔は、カーテンの隙間から覗き込む街灯に晒され色白い肌が雪のような白さに感じられる。  その肌にアルテミスは息を飲んで静かに自身の碧い瞳を伏せて小さな声で呟いた。 「どうか……女神アルシュナル……私の願いを聞き届けたまえ……」  その言葉は何を意味するのか――――。

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