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やはり憧れで構わないから4
鷹艶の二度目の昼食(?)に付き合った後、その後の授業を取っていなかった真稀は帰途についた。
大学の最寄り駅の周辺には商業ビルや飲食店などが立ち並び、どんな時間帯も人で賑わっている。
真稀はまっすぐ改札には向かわず、駅ビルの中に入っている本屋に立ち寄った。
月瀬に毎日食事を作るにあたって、圧倒的にレパートリーが足りない。
もっと知識を増やし、技術も磨かなくては。
そのための指南書となる料理の本のコーナーを探す途中、真稀はコミックやライトノベルが並ぶ一角でふと足を止めた。
タイトルや帯に書かれた『転生』や『異世界』という文字が妙に目につく。
同じようなテーマの作品がたくさん売られているが、異世界にいる自分……と同じ名前の人物の夢を昔から見続けている真稀としては、ちょっとした親近感と興味が湧いて過去にこの手の物を何冊か読んでみたことがあった。
この世界では異質な自分という存在を、自分なりに理解するための一助になるのではと思ったのだ。
だが、結局フィクションはフィクションだというのを思い知らされただけだった。
どちらの『まさき』も存在する世界では異端者であり、異能を駆使して活躍するどころか、目立たないように息を潜め、生きていくことだけでやっとの人生だ。
主人公の新たな人生での活躍を描くことを目的とした創作が参考になるはずもなかった。
それでも本の内容に影響されて、夢の方くらいはハッピーエンドになってくれたら読んだ甲斐もあったというのに、もちろんそんなこともなく、録画をそのまま流しているかのように、何も変わらない。
そもそも、フィクションがフィクションなら、夢も夢だ。
寝ぼけている時は、あれから『魔王』の管理する世界はどうなったのだろうなどと考えてしまうが、仮にハッピーエンドになったところで、真稀の現実が好転するわけではない。
表紙に描かれた主人公の希望に満ちた表情をつい羨望の眼差しで見つめてしまっていたが、本を取ろうとした人の手がさっと視界に入り込んだことで、真稀ははっと我に返ってその場を離れた。
今は、直近の現実のことを考えるべきだ。
まずは今日の夕食の献立を決めることが先決だと、真稀は再び料理の本のコーナーを目指して歩き出した。
何冊か料理の本を買い込んだ後、月瀬のマンションの最寄り駅まで戻り、駅前のスーパーを出た頃には、空はもうすっかり暗くなっていた。
吐く息が白い。きんと冷えきった夜の外気を顔に受け、まだまだ寒いなと首をすくめた。
立地のいい月瀬のマンションまではそう長く歩かないが、腕にかかる重みは中々ずっしりとしていて、本も食材もちょっと買いすぎたかなと反省する。
真稀のアパートの部屋に置いてあった冷蔵庫は小さかったため買い置きも作り置きもできなかったけれど、月瀬のマンションのものは大きいので、ついあれこれ食材を買い込んでしまう。
もちろん、無駄にしないようきちんと使って食べきる算段はしながら買い物をしている。
だが、キッチンの広さや器具の充実具合に浮かれている自覚はあった。
この生活に慣れたら駄目だと思うそばからこの体たらくかと戒める声が聞こえないわけではないけれど。
「(甘えるのは良くないけど、家事の腕を振るうのは悪いことではない、はず)」
月瀬が控えめに口角を上げて「美味い」と言ってくれると、真稀は自分の存在を肯定できる。
料理はいいな、と思う。
生物にとって食事が不可欠な行為である以上、その役目を担うことで、こんな自分でも相手に喜んでもらえるのだ。
「(ファミレス程度でいいけど、厨房の仕事とかしたいな。でもあれも割と閉ざされた空間にマンツーマンとかだよな……)」
先ほどの鷹艶とのアルバイトの話を思い浮かべながら歩いていると、マンションのエントランス前に月瀬の姿勢のいい後ろ姿が見えた。
真稀は視力がよく、また夜目もきくので、暗くてもそれなりに距離があってもそれが誰だかきちんと認識できる。
冬なので暗いとはいえまだ六時前で、今日は随分帰りが早いなと思いつつ、真稀は声をかけるため足を速めかけて、月瀬が一人ではないことに気付き緊急停止した。
「(あれは……、まさか)」
親しげに月瀬の肩を軽く叩いた、その朗らかな笑顔。
それは、アルバイトに向かうからと大学で別れた鷹艶だった。
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