28 / 44
やはり憧れで構わないから3
全ては話せないけれど、鷹艶ならその葛藤も含めて聞いてくれそうな気がした。
話してみよう、そう口を開きかけた時、背後から「神導ー」と声がかかる。
鷹艶は「ちょっと待ってて」と真稀に言い置くと、黒いダブルジップのロングパーカーを翻し、声の主のもとへと駆けていく。
真稀もそちらへ視線を向けると、ドア付近に数人の学生が立っていて、鷹艶に親しみのこもった視線を向けていた。
「呼んだか?」
「おう。鷹艶、この後メシ食いに行かね?」
「あー悪い。俺バイトだから」
「バイト? 何やってんの」
「色々だよ。世界平和のために闘ったり罵ったり殴ったり殴ったり殴ったり……」
「なんだそれストリートファイターでもやってんのか」
そうと力強く頷いた鷹艶がキレのあるシャドーボクシングをすると、「まじか」「なんだその動き」と笑い声がはじけて、場の空気が明るくなる。
唐突な編入生だったが、わずか数日でこの馴染み方である。
話している相手を真稀は知らないが、他の講義で一緒の仲間だろうか。
彼は平均より小柄なせいか、他の学生と並ぶと兄弟がじゃれあっているようで微笑ましかった。
「(でも、アルバイトかあ……。ちょっとやってみたいな)」
お金は、生きていくために必要なものだ。
衣食住の『食』に関しては、不本意ながら真稀ならお金のかからない別のもので補っていける。
しかし、『衣』と『住』の方はおろそかにできない。
今はまだ母の遺してくれた金があるが、生涯にわたって安定した職に就けない可能性が高い以上、温存できるに越したことはないだろう。
自分はどんな働き方ならできるのか、それを知りたいという気持ちもある。
数日後にはあのアパートも引き払ってしまうので、今後月瀬の部屋を出ることになったときに、保険となるような知見があると心強いと思った。
……月瀬の部屋を出るなら、まず『食』を何とかしないといけないのはともかくとして。
結局そこなんだよなあ、とため息をついていると、鷹艶はさっさと話を切り上げ真稀の方へと戻ってきた。
「悪い、話の途中で」
「あっ、いえ、全然いいんですけど、鷹艶さんはアルバイトしてるんですね。なにか俺でもできそうなの知ってますか?」
「なんだ真稀、バイトしたいの? あーそうだな、俺もコネだけはたくさん持ってるけど、……トレジャーハンターの助手とかどう?」
それは専門知識や特殊技能がいる仕事ではないだろうか。
何をすればいいのか想像もつかない。
一体どこから出てきた求人なのか。
相変わらず謎の多い人だなと返答に困りながら、ひとまずトレジャーハンターの件はやんわり断っておくことにした。
「えっと……あまり、特定の人と長い時間マンツーマンになるのはちょっと……ひ、人見知りなので」
特に人見知りではないが、他の職種でもマンツーマンだと相手の人が精気に飢えた真稀に襲われる可能性があるので、一応条件を付け加えておく。
「駄目か。じゃあ事務仕事はどうだ? 小間使いをするだけの簡単なお仕事とか。三食おやつ夜食に鑑賞専用だけど美少女付き。どう?」
「『小間使い』という仕事内容のファジィさと、三食から夜食まで含まれている時間帯のブラックさがちょっと気になるような……」
またしても飛び出した不穏な仕事に、申し訳なく思いつつもツッコミを入れると、鷹艶は気にした様子もなく、声をあげて笑った。
「意外に現実的だな。危機回避能力に優れているのは大変結構」
子供にするように偉い偉いと頭を撫でられて、苦笑する。
よほど頼りなく見えるのか、真稀を試すための冗談だったようだ。
「今すぐという話じゃないですけど……またお話聞かせてもらっていいですか?」
「もちろん真稀にならいつでも持てる良物件をご紹介するとも。あ、じゃあこれ俺の番号。何か困ったことがあったときは、いつでも連絡くれていいからな。ヤクザの愛人に手を出しちゃったときとか。俺がボコボコにしてきてやるから」
相手のご稼業はともかく、その場合手を出した方が悪いような気がするのだが、何故ヤクザの方がボコボコにされるのか。
真稀よりも小柄で細身な鷹艶は、本人の言動ほどには武闘派には見えないけれど、瞳はやたらと真摯で、とりあえず本気であることは確かのようだ。
「そ、そんな困ったことになる予定は今のところないですが……頼りにしてますね」
結局相談もできなかったし、今のやり取りで何かが解決したわけではないが、真稀は少しだけ心が軽くなっているのを感じていた。
鷹艶は、言ったことは絶対に守ってくれるだろう。
彼の言葉には、何故かそんな確信を抱かせる力強さがある。
「よしっ、んじゃ、なんか美味いもんでも食いにいくか!」
元気に宣言された言葉に、真稀は目を丸くした。
「えっ、アルバイトは?」
アルバイトがあるからという理由で、彼らの誘いを断っていたのではなかったか。
思わず聞くと、何故か鷹艶も同じように目を丸くした。
「あれ? 本当だ」
「え? 忘れて……?」
「……腹が減っては戦はできぬっていうだろ」
「は、はあ」
あーもう無理。腹減って死ぬ。と空腹を訴え始めた鷹艶だが、昼休みはつい先ほどだ。
本当に不思議な人だな、と真稀は内心首を傾げながらも、「飲み物だけで良ければ付き合いますよ」と机の上を片付け始めた。
ともだちにシェアしよう!

