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やはり憧れで構わないから2
からがらキッチンまでやってくると、大きく息を吐き出し、カウンターに突っ伏す。
本当に何をやっているんだ、と数時間前の自分を殴りたくなってくる。
真稀が月瀬のマンションで生活をするようになって、一週間近く経っていた。
月瀬の帰宅時間は早かったり遅かったりまちまちだったが、日付が変わる前には必ず帰ってきて、真稀の作った料理を食べてくれる。
問題はその後で、初日のことがなんとなく習慣になり、迷惑に思われていないだろうかと気にしつつも、真稀は毎晩コーヒーを片手に月瀬の寝室を訪れてしまっていた。
彼と近い距離で生活するようになって、痛感したことがあった。
真稀はやはり、月瀬のことが好きだ。
好きな相手と少しでも関わっていたいと思うのは、自然な心の動きだろう。
好きだから、駄目だと思っても、ついふらふらと近寄って行ってしまう。
和やかな雑談がいつの間にか色気のある空気になり、煽られるままに精気をいただいたその後は、何故か強烈な睡魔に襲われる。
そして気付いたらそのまま月瀬のベッドで眠っていた……。
そんな恐ろしい事件も、もう三度目になる。
彼の手や声には何か魔力でも仕込まれているのではないだろうか。
でなければ、こんなに何度も、月瀬のベッドで目覚めるような失態を演じはしないはずだ。
彼は「構わない」と穏やかな調子で言ってくれるけれど、優しさに甘えっぱなしでいるわけにはいかない。
月瀬が申し出てくれた『それ以上の関係を求めない安定した供給源』というのは、真稀が特定の供給源を見つけられるまでの暫定的な処置だろうと思う。
好意に辿り着かない厚意だとしても、優しくしてもらえるのはやはり嬉しい。
けれど、彼の優しさに触れるにつけて、行き場のない想いが募っていくのが辛かった。
適当な相手を見つけて(あるいはその振りをして)、早めに出ていくのがお互いのためなのだろう。
彼の重荷になる前に、……これ以上彼への気持ちが大きくならないうちに。
「(こんなに、近くなってしまうなんて)」
最初から知らないのと、知ってから失うのとでは痛みが違う。
自分は本当に、彼と離れることに耐えられるのだろうか……。
朝の気分を引きずったまま大学へと向かったものの、集中などできるはずもなかった。
三限目はいつも楽しみにしている社会心理学の授業だったというのに、時間いっぱい集中しようとすることに神経を使ってしまって、どんな内容だったか覚えていない。
真稀は疲れきって、朝のように机に突っ伏した。
「はあ……」
理性と本能の板挟みが辛い。
世の片想いの紳士淑女の皆様に置かれては、こういうときどうなさっているのかお聞きしてみたいが、真稀には気軽にそんなことを相談できる友達もいなかった。
母がいたら相談できただろうか?いやいやそもそも母が月瀬に恩を売ったりするからこんなことに。
「(恩……か。相変わらず聞けてはいないけれど、月瀬さんが俺とのあれやこれやに嫌悪感がないのは、やっぱり俺が母親似だからなのかな……)」
真稀としてはありがたいことのはずなのに、もやっとした気持ちが湧いたその時。
後ろから、ぽんと肩を叩かれる。
「どうした真稀。悩ましげなため息ついて」
「鷹艶さん……」
「もしかして恋煩いか?金の相談なら乗れるけど、恋愛はなあ……」
突如として現れた鷹艶はやけに核心をついた推測をして、うーん、と首を捻った。
「い、いえ、恋というか……毎日お腹がいっぱいすぎて苦しいというか……」
誰かに相談できればと思っていたところではあったものの、実際聞かれると自分の複雑すぎる心境を上手く説明できそうもない。
真稀の意味不明な言葉を律儀に拾った鷹艶は、苦しい?と聞き返す。
「飯はいくら食っても食い過ぎってことはないと思うけどなあ。むしろ、それはなんかあれか?どっちかっつーとのろけ的な」
違います、と慌てて首を振った。
のろけになってしまってはいけないから悩んでいるのである。
だがしかし、おおらかそうに見える鷹艶なら、多少のことには動じないのではないか?
重要な部分はぼやかしながら、相談してみるべきだろうか。
鷹艶の明るさに触れ、真稀の心は揺れた。
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