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やはり憧れで構わないから1
◇
優しくしてくれたのが嬉しかった。
お礼を言うと、彼の悲しい色が少しだけ和らいで。
ああ、このひとが、もっと幸せになるところを見たい。
そう、思っていた、のに。
マサキは思いもよらない言葉を聞いて目を見開いた。
『魔王』は、マサキを贄にはしないと、そう言ったのだ。
「どうして……ですか?」
呆然としたまま、震える唇で問いかける。
「私は、君を人柱になどしたくはない。君は、……君のような人こそ生きるべきだ」
混乱の極致にあるマサキとは対照的に、目の前の男は静かな諦観をたたえていた。
それが絶望でも悲嘆でもないことが不思議で、胸の中にどんどん不安な気持ちが広がっていく。
「そんな、だって、おれが人柱にならなかったら、この世界が維持できない、……って」
「誰かを犠牲にしなければ存在できない世界など、所詮間違っている。ここは、そもそもが大いなる……の手遊びに作られた箱庭なのだ。その役割も十分に果たした。……もう、幕を引いてもいいだろう」
いいわけなんてない。
みんな、死ぬことを怖がっていたのに。
どうして、みんなの気持ちを、マサキの希望を、否定するようなことを言うのか。
たくさんの「どうして」で頭の中がいっぱいになる。
何と言えば説得できるのかわからず、ひたすらに見上げていると、大きな掌が頭を撫でた。
「安心してくれ。君が生きている間くらいは、私の最後の力を使えばこの世界を延命させることができる。……だから」
「そ、そんなのは嫌です……!お願いします、おれの命を、どうか、使ってください。それが、きっとおれの生まれてきた意味なんだから」
必死に漆黒に縋り付けば、彼は痛みを感じたときの色で俯いた。
どうして。
俺が贄になることはたくさんの命を大切にすることのはずなのに。
「……君は、知るべきだ。死ぬための命など存在してはいけない。命の重さを」
「命の重さは知っています、おれは ……、 」
◇
いつもの、『マサキ』が死ぬ結末で夢は唐突に終わった。
そうか、自分は寝ていたんだなと思いながら瞼を押し上げると、まだ見慣れない天井が視界に広がる。
意識はまだ夢と現実の狭間にあって、真稀はぼんやりと見慣れた夢の内容を反芻していた。
最近、かなり頻繁にあの夢を見る。
断片的だったり、長々と『マサキ』の一生をなぞったりと長さや時系列はまちまちだが、夢を見始めた当初からずっと、録画を流しているかのように視点も筋も全て同じだ。
たまに突然視界がクリアになって、『魔王』が月瀬に見えたりするのは、起きている時のことが少し混ざってしまっているのだろう。
それにしても今まで毎日のように見ることはなかったのに、急にどうしたのだろう。
まるでなにかへの警告のようだ。
………………警告?
思い浮かべた自分の言葉に、首を捻った。
何故、突然警告などと考えたのだろう。
あの魔王だの人柱だのが出てくる物騒で薄暗いファンタジーの物語から、現代社会に生きる自分が注意すべきことなど見出せるわけもないのに。
夢に入りこみすぎていたのか、擦りガラス越しではない視界に違和感を感じながら身を起こして、そこで真稀は自分のいる場所をようやく認識した。
「(また……やってしまった……!)」
正面に見えるのは壁一面の本棚。
ここは与えられた真稀の部屋ではなく、月瀬の寝室だ。
どうして与えられた部屋ではなく、こんな場所で寝ていたのか。
それは昨晩……。
「ああ、起きていたのか。おはよう」
ドアが開き、軽い挨拶とともに、シャワーを浴びていたらしい月瀬が戻ってきた。
夢の余韻を追いかけたり、回想したりしている場合ではなかった、と慌ててベッドから飛び降りて、真稀は平謝りする。
「す、すみません……っ、俺、また……」
「別にかまわないと言っただろう。時間が許すのなら、もっとゆっくり寝ていていいんだぞ」
ぶんぶんと首を横に振りつつ、月瀬(装備:バスタオル一枚)から目をそらす。
肌色を目の毒に感じるくらいには好意があるので、少し自衛していただきたいと切に思うのに、月瀬ときたらクローゼットを開けて無頓着に着替えようとし始めるので、真稀は慌てて室外へと逃亡を図った。
「あ、朝ごはん、用意してきます!」
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