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青空の下で笑う貴方と5
八咫烏のことと熊野神社にお礼参りに行く話をしたところ、月瀬が「私も是非、礼を言いに行きたい」と言ってくれたので、休日に二人で出掛けることになった。……が、その旨を連絡すると、鷹艶からは『二人が行くなら俺行かなくてもいいんじゃね? 八咫烏によろしく言っといてくれよ』……と、辞退の返事が。
気を遣わせてしまっただろうか。
申し訳ない気持ちになったが、月瀬は「ただ単にあの男が神社に行きたくなかっただけだろう」と断言する。
鷹艶曰く、『神様はロクでもない厄介ごとばっかり押し付けてくるから出来る限り関わりたくない』だそうだ。
当たり前だが、真稀は神と関わるような事態になったことはない。
どんな人生を送ってくればそんな言葉が出てくるのかと、思わず月瀬に聞いてしまった。
「鷹艶さんって……何者なんですか?」
「本人は、異世界から転生した勇者ではないと言っていたが」
強さといい、人柄といい、記憶がないだけで可能性はありそうなチートぶりだと思う。逆異世界転生とでもいうべきか。
こんなことを言うところを見ると、月瀬もそんな可能性を考えたのだろうか。
蔵書の充実ぶりを考えれば、そういった本も読んでいる可能性は十分にあるが、転生した張本人である自分達がこんな話をしているというのはなんだか可笑しい。
その日は、二月にしては暖かい日だった。
駅を出て見上げた空は高く、底抜けに明るい青色だ。
新宿中央公園を抜け、正面の鳥居から熊野神社の境内に入ると、拝殿に持参した清酒を供えさせてもらって、粛々とお礼参りを終える。
神らしき存在や八咫烏の姿はなかったが、境内にいる間ずっと、優しい気配を感じていた。
公園の方に向かって歩きながら、熱心に手を合わせていた月瀬に聞いてみる。
「月瀬さん、何かお願いをしたんですか?」
「無論、君の無事の礼と、今後の加護を」
「えっ……それは、その、ありがとうございます……」
寸分の迷いもなくすっぱりと言い切られて、恥ずかしくなった真稀はもごもごと口の中でお礼を言う。
「君は?」
「俺は、先日のお礼と……」
……途中からは、盗み見た月瀬の横顔に見とれていたなんて言えない。
「な……内緒、です」
「ほう」
「あっ、ほら、こういうのは、人に言うと叶わないって言いますから!」
「なるほど。では叶った時に教えてもらうとするかな」
素直に納得してくれた月瀬に、後ろめたい気持ちしかない。
こんな邪念ばかりのお礼参りでは八咫烏も呆れてしまったのではないだろうか。
月瀬が手配してくれたという昼食の予約時間までまだ少し時間がありそうだったので、公園内を散策することになった。
「今日はあったかいですね。天気もいいし」
風はあまりなく、葉が落ちて寂しくなった木々の間から差し込む日差しもやわらかい。
現在は枝ばかりのこの木々が、もうあと数か月もすれば青々とした葉に覆われるなんて、毎年のことなのに少し不思議な気もする。
青空の下、広い園内で思い思いに過ごす人々はみんな楽しそうだ。
そこには怯えも悲しみも苦しみも絶望もない。
きっと、それぞれに悩みはあるだろう。けれど、ここは滅びゆく世界ではない。
葉を落とした木は次の季節には再生する。
同じように、誰にも未来と希望があり、そしてそれが当然なことが、とても嬉しかった。
「……月瀬さん?」
返事がないので振り返ると、立ち止まっていた月瀬ははっとしたように首を一つ振って「そうだな」とすぐに隣に並ぶ。
「何か気になることがありますか?」
「いや……君が幸せそうで、見とれていた」
突然そんなことを言うから、漫画のようにずるっと滑りそうになった。
外であまり動揺するようなことを言うのはやめてほしい。
「な、何を言ってるんですか……!」
赤くなった顔で抗議したが、月瀬は何故か感慨深そうに頷く。
「……本当だな」
納得されても。
隣を歩く月瀬は、ボルドーカラーのトレンチコートにチョークストライプの入った深いネイビーのスーツ、ワイシャツがグレーのギンガムチェックなのがいつもよりごく僅かにカジュアル感を感じさせるが、このままで十分ビジネスシーンに突入できる装いで、とても昼日中から甘い言葉を吐きそうにもない雰囲気なのに。
「月瀬さんは、楽しそうですね……」
月瀬の一挙手一投足にいちいち心乱れてしまう真稀としては、少し恨みがましい口調になってしまったかもしれない。
もちろん、そんなささやかな皮肉で、月瀬の澄ました横顔を崩すことはできなかったが。
「君を見ていると楽しいからな」
「俺は、別に面白いことをしているつもりはないのですが」
「言い換えようか。君といると楽しい」
「それは…………。俺も、そうです」
自分が幸せになることで、誰かを幸せにできる。
きっとこれは『マサキ』の望んだ光景だ。
もちろん、真稀もそれがとても嬉しい。
「月瀬さんが楽しいのは、俺も嬉しいので」
文句を言っていたはずが、自然と口元が綻んでいた。
笑いかけると、……しかし月瀬は何故かそっと視線を逸らす。
「月瀬さん?」
「いや、……行くか。君があまりかわいいことをいうので早く二人きりになりたくなった」
「ええっ?」
月瀬の言葉に同意しただけで、スイッチの入るようなことを言ったつもりはない。
個室にしておいてよかった、などと言われても反応に困る。
歩く方角が公園の出口へと変わり、真稀は慌ててそれに続いた。
並んで歩きながら、見上げた月瀬の横顔は穏やかで。
名前を呼べば、柔らかく笑いかけてくれる。
真稀はこの幸福に少しだけ泣いてしまいそうになりながら、何よりも大切な人に一番の笑顔を返した。
青空の下で笑う君と 終
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