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青空の下で笑う貴方と4

 話の中で、鷹艶ならば何か知っているのではと思い、先日現れた三本足の鴉について聞いてみた。 『エッ、八咫烏が来た?うわ、まじかー……』  突然現れ警告めいた言葉が聞こえたと、起こったことをありのままに話したのだが、何故か電話の向こうで頭を抱えているような気配がする。  真稀は、自分が何かよくないことをしてしまったのかと焦った。 「あ、あの、何かまずかったんでしょうか……」 『いや……、この間新宿中央公園のあたりを通ったから、熊野神社にちょっと寄って『俺の目が届かないときは真稀のこと頼む』みたいなことをかるーく頼んじゃったんだよな……絶対そのせいだよな……』 「熊野神社?」  それがどうして八咫烏なのかと首を傾げると、八咫烏は熊野の神の遣いなのだと教えてくれた。    それが本当だとしたら、鷹艶の頼みに応じて神様が助けを寄越してくれたということなのだろうか。  奇跡のようなすごいことのはずなのに、当の鷹艶は何やらうんうん唸っている。 『いやー……だって結局真稀を守ったのつっきーとおまけで勇斗だろ? 八咫烏は直前に警告したくらいじゃん。なあこれ借りになるかな? またなんか神様に無理難題とかふっかけられんのやだよもう』  苦悩の次元が普通の人と違いすぎて今一つ共感できない。  だが、泣きの入った声を聞いているとなんだかだんだんと申し訳なくなってきた。 「……すみません……俺のために……」 『いや、すまん。真稀は何も悪くないから。はあ……仕方ない、酒でも持ってお礼参りに行くか……』 「それ、よければ、俺も行ってもいいですか? 俺のためにきてくれたんだから、お礼言いたいです」  真稀の申し出に鷹艶は『おお、そりゃ熊野さんも喜ぶわ』と、嬉しそうな声を上げた。 『神様っつーのは俺がいくら頼んでも、好きでもない奴には何もしないからな。真稀はきっと気に入られてるんだろ』 「そ、そうなんでしょうか……」  自分が母の言う通りサキュバス(インキュバス?)だとしたら、神聖なイメージのある神様には嫌われそうな気がするのだが。  過去、特に熊野神社にお参りに行った覚えもない。 『それはそうと、今回捕まえた奴らの中に、もしかしたらお前の母親の仇がいるかもしれないけど、実検して拷問とかする?』 「え……」  先程の世間話の延長線上のような軽い口調で、今度は随分と物騒なことを聞かれる。  実検して拷問とは、国立自然対策研究所では普通に行われていることなのだろうか。  母が殺されたからというだけでなく、過激な行為でターゲット以外の人をも危険に晒していることは本当に許せないことだとは思う、けれど。 「そういうのは、いいです。その人たちは然るべき処分を受けるんですよね? 俺が個人的に復讐したりするのは、結局その人たちと同じことをしているだけだと思いますし、鷹艶さん達にお任せします」  そういった組織の人達の中には、過去に人ならざる者に家族を殺されたことで、その悲しみの捌け口を過激な討滅へと求めている人が多いと聞いた。  だからといって許せるわけでもないが、そちら側に堕ちてしまいたくはなかった。  電話の向こうで『そうか』と嬉しそうに笑う気配がして、真稀は自分の考えが正しかったのだと知る。  たぶん、仇討ちをさせて欲しい、などと言い出したら、この人は止めただろう。  他ならぬ、真稀のために。  そういう人だ。会って大した時間は経っていないがわかる。  神社を通りかかっても、わざわざ寄って知人レベルの他人のために祈ろうという人はそうはいない。 『ところで、八咫烏が視えたってことは、真稀は視える人なんだよな?』 「人ではないもののことですよね? 普通に、視えます」 『んじゃ、その能力を活かしてアルバイトをする気はないか? 三食おやつに彼氏つきの職場で』 「え……それって、国立自然対策研究所で、ですか?」 『ああ、つっきーとは部署違うけどな。視える奴って意外と少なくてさ。どいつもこいつも陰謀とか破壊活動は得意なんだけど』  アルバイトをする必要は当座のところはなくなったわけだが、自分の力を活かせる場所があるというのは魅力的な話だった。  今日も通学中、視えすぎて少し疲れたので、その制御法などももしかしたら学べるかもしれない。 「や、やりたい……です、けど」 『んじゃこっちは話通しとくから、真稀はつっきーにおねだりしといて。おっぱいのひとつも揉ませりゃ懐柔できるだろ』  鷹艶に迷惑がかかったりはしないだろうかと聞こうとしたところにこの言い様で、真稀は持っていた菜箸を再度取り落とした。 「男の胸……にその価値はありますかね」 『俺にはよくわからんが、好きな奴の体ならどこ触っても嬉しいんじゃね?』 「い、いざというときの手段の候補にいれておきます……」  尻は、だとか、好きな奴、だとか、鷹艶は自然に自分たちの関係を受け入れているようだが、それでいいのだろうか。  からかっている風にも聞こえないけれど、いちいち赤面してしまう。  顔の見えない通信手段でよかった。  声音だけならば何とか平静を装える。  その後ほどなくして帰宅した月瀬と夕食をとって、その際に鷹艶から電話がかかってきた話をした。 「それで、その……アルバイトに、お邪魔してもいいでしょうか……」  学業も家事もおろそかにはしません、と緊張しながら重ねると、月瀬は微かに口角を上げた。 「……私が反対すると思ったか?」 「そう……ですね。俺はたぶん微妙な立場だと思うし、月瀬さんの仕事に支障が出そうであれば、きちんとそう言ってもらえたほうがありがたいとは思います」  無闇に反対されないだろうが、あまりいい顔をされない可能性は高いと思っていた。  月瀬の気の進まないことをする気はない。 「君の立場に関しては、鷹艶のところならば治外法権だから何の問題もないだろう。身の安全という面でも、ある意味どんな場所よりも安全なところだと言える」 「それじゃあ」 「……本当は君をこちら側に巻き込みたくはなかったが、自分のことを知るためにも、鷹艶のそばにいることは悪くはないと思う」  懸念は杞憂だったようで、胸を撫で下ろす。  月瀬にしても鷹艶にしても、事情のある存在を抱え込むことで増える面倒ごともあるだろうに、真稀のためになることややりたいことを優先して考えてくれていて、本当にありがたいと思う。 「ありがとうございます、俺、頑張ります」 「……鷹艶を筆頭に個性的な奴等ばかりだから、あまり毒されないようにな」  半ば本気に聞こえる忠告を、月瀬なりの冗談と受け止め、頷く。 「(よかった、懐柔策を発動させなくてよくて……おっぱいには自信がないし……)」  平らな胸にそっと手を当ててしまった真稀は、既に鷹艶に若干毒されていた。

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