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yagami15

 あの大騒ぎの後、未来の総理大臣である秋元と臣は急いで未来に戻った。やることが山のようにあると二人手を取り合い、意気揚々と。残された八神と暮野は、AIロボットと一緒に、寝ている利用客と従業員を一人ずつ椅子に座らせ、不自然なく目を覚まさせた。大変な重労働だったが、もちろん誰も何も覚えてなくて、皆一様に不思議そうな顔をして辺りを見渡していた。  八神と暮野は、未来の総理大臣からの報告が信じられず、まるで夢をみているみたいな気分だと、お互いに目を輝かせながら、マンションに帰る道すがら手を繋ぎながら語り合った。その時、暮野が気になることを言った。「八神は完全へテロとして選ばれたのに、父親がゲイいうことは、八神がゲイ遺伝子の保因者だという可能性は高い」とういこと。ゲイ遺伝子を持つ八神の精子が未来で使われるのは、暮野の知るミッション上あってはならないことらしい。だから、健康診断時に唾液を使い遺伝子をチェックするシステムに、何か問題が生じたのではないか。暮野は手放しでは喜べない気持ちを、八神に打ち明けた。 もし、それが本当なら自分はやはりゲイなのだろうか? ゲイの父親の血を引き継いだ自分だからこそ可能性はあるだろう。でも、多分八神は暮野に出会わなければ、ずっと一人寂しく生きてきたはずだ。自分がゲイだということにも気が付かず、自分の殻に閉じこもりながら、孤独に。  AIのバグや、遺伝子検査のミスでも何でも構わない。自分がゲイか、ゲイでないかも八神にはどうでもいい。ただ、暮野に出会えた運命だけを八神は信じている。  自分に自信がなく、こんな自分なんていつどうなっても構わないと思い、生きることに前向きになれなかった自分が、今はこんなにも生きることが楽しく尊い。だからこそ自分は、本音を言うと、本当はとても申し訳ないような気持ちはなるが、それでも自信を持って、自分の精子を提供することに誇りを持ちたいと思っている。そう八神は暮野に伝えると、暮野は器用にも、泣きそうな顔をしながら嬉しそうに笑った。そんなとても幸せな帰り道だった。  今日は午後から二人で配架作業している。背の高い書架に掛けた梯子に上るのは、高い所が好きな暮野に任せている。まだ本の仕分けや専門用語に不慣れな暮野を八神がサポートし、二人で三段に区切られた背ラベルを確認しながら作業を進めていく。背ラベルの一段目が分類番号。これは日本十進分類法に基づき番号が振られている。二段目が作者名の頭文字。三段目が本の巻数。ここにある本のすべてがこの背ラベルで分類されているのだが、この膨大な本をあるべき場所に収める作業は、図書館司書に成り立ての頃の八神には、とても苦痛な作業だった。でも、暮野は楽しそうに資料を基に背ラベルを確認し、その本をきちんと書架へ戻すと、とても満足そうな顔する。毎晩、仕事が終わってから、通信大学から与えられた課題を必死に熟している暮野は、絶対睡眠時間が足りていないはずだ。それでも笑顔で楽しそうにてきぱきと仕事をする暮野を、八神は胸を熱くしながら見つめた。 「あ、これ、この本……」 「ん? どうしたの?」 「ゲイ遺伝子について書いてある」  暮野が一冊の本を手に取り、食い入るように見つめた。 「へ~、あ、そう言えば來が前に言ってたこと、僕がゲイ遺伝子の保因者だって話しは、結局どうなったの?」  八神はそのことについて余り考えたくはなかったが、とてつもなく責任重大なことをしている自分が、それについて気にならないわけなどやはりないのだ。 「昨日、精子を届けに言ったらさ、秘密機関で一緒に働いてた子に会って話しを聞いたんだけど、秋元総理と臣所長が記者会をしたって。そこで、臣所長もカムアウトしたって話しだよ」 「そうなんだ。でも、国民の反応は? 大丈夫だったの? 総理大臣がゲイだってことは?」  自分の精子を定期的に未来に送っているのは今も変わらない。未来に繋がる扉はマンションに設置してある。それを使い、いつでも自由に過去と未来を行き来できるようにしている。この間の事件で秋元総理が未来に戻る直前、「精子提供をこのまま継続して欲しい」と暮野に頼んでいた。「二人の愛の結晶」という言葉をここでも使い、秋元総理は暮野と固い握手を交わしていた。八神はそのフレーズを思い出すたび、恥ずかしくて頬が熱くなる。 「同性愛者達からの反発はそりゃすごかったって言ってた。当たり前だよ。俺だって許せないって思ったから。でも、二人は洗いざらいを全部ぶちまけて、心から謝罪したらしい。そして、今まで人権を奪われてきた同性愛者達が、差別されることなく、平等に生きられる世の中に変えると約束したんだ。二人の話しに納得した国民は、二人の失脚は望まず、むしろ、日本人絶滅の危機を救った英雄扱いだってさ」  暮野は梯子を移動させるのが面倒らしく、梯子の天辺の端に片足で立つと、書架の仕切りを掴みなが片手を伸ばし、本を定位置に収めた。八神はそんなワイルドな暮野がとても格好良くて見惚れてしまうが、怪我でもしたらと思うと冷や冷やして身が持たない。 「え? ちょ、ちょっと待って。意味が分からないよ。いくら洗いざらいぶちまけて、許しを請うても、そう簡単に同性愛者もノーマルの人達も納得がいかないんじゃない?」 「でね」  暮野は八神の質問には答えず、興奮気味にそう言うと、すとんと身軽に、梯子の天辺を跨いで腰掛けた。 「そいつが、驚くことを言ったんだ。ゲイ遺伝子が日本を救ったって……」 「ゲイ遺伝子?」 「そう。優弥の遺伝子」 「どういうこと?」 「どうしてAIは、優弥をターゲットに選んだんだと思う?」 「え? やっぱりバグとか? コンピュータも完璧じゃないから?」 「違う。そうじゃないんだ。秋元総理と臣所長は、ある意味テロリストだよ。実はね、完全ヘテロで健康な百歳まで長生きした男子と、愛のあるセックスをして精子を採取するという計画は、政府が取り決めた表向きの計画だったんだ。事実、コンピュータが選んでいたのは、本当はヘテロじゃなくて、まだ自分がゲイだと自覚していない、ゲイ遺伝子を隠し持った男子だったんだよ」  八神は驚きで、口をあんぐりと開けながら暮野を見つめた。暮野はそんな八神の表情がおかしいのか、仰け反って笑った。 「あはは。あのね、臣と総理は、ゲイを消滅させようとする政府の考えが気に入らなくて、密かに、ゲイ遺伝子を未来に残す策略を企てていたんだ。だいたいさ、完全へテロな男を口説き落とすなんて無理な話だろう? でも、何も知らない任務者はヘテロを落とそうと必死になるしかない。今はまだ自分がゲイだという自覚がないターゲットは、任務者の魅力と熱意に負け恋に落ちる。恋愛的要素を取り入れるってなった時は、マジふざけんなって思ったけど、強ち、質の良い精子を作る効果があることは否定できないよ。だって現に俺たちはそれで成功したからね」  暮野は梯子の上からぐっと八神に顔を近づけ、目を輝かせながら言った。 「でも、何でそんな過激なことをした二人が、国民から受け入れられたの? 本当に? 俄に信じがたい……」  八神は、この先の日本の未来は本当に大丈夫なのかと一瞬不安になったが、今の日本の政治家がしていることも、大体が中途半端で、未来と然程変わらないかと思い直す。 「まず一つが、どんなやり方であれ計画が成功したこと。もう一つが、ゲイの遺伝子が日本人絶滅を救ったことで、同性愛者の存在意義が認められ、それが世界からも称賛を得たこと。かな」 「そうか。そうなんだ。でも、どうしてゲイ遺伝子なのかな?」  八神は素直に疑問を感じ、暮野に問いかけた。今まで何度も完全ヘテロの男性から精子を採取しても、その精子では日本人絶滅の危機を救えなかったと、暮野が言っていたことを思い出す。  暮野は「うーん」と唸りながら、大袈裟に天を仰いだ。 「きっとこの本にも書いてあると思うけど、ゲイの母方の叔父や従兄弟にはゲイが多いんだ」 「え?」 「優弥の母親の兄はゲイだ。優弥にとって伯父にあたる人物だろう?」 「うん。確かに」 「男は母親からX染色体を必ず引き継ぐんだ。そのX染色体にゲイ遺伝子がある場合、息子はゲイになる確率が高くなる。例え優弥のように父親がゲイで、その父親がゲイ遺伝子のあるX染色体を持っていても、それを優弥に引き渡すことはない。男の性染色体の組み合わせは、XYでしかないからね……」 「あー、そうか。んー、じゃあ、つまり、どういうこと?」 「ゲイの母系。つまり優弥の母親の家系は、代々女子がゲイ遺伝子の保因者なんだよ」 「ぼ、僕がゲイなのは、母親のせいってこと?」 「簡単に言えばそう」  生命の神秘を垣間見た感動に、八神の心は震えた。父親がゲイだということは余り関係なく、自分がゲイである起源が母親にあることに、八神は何とも言えない不思議な気持ちを覚えた。 「そして、ゲイ遺伝子を保因している母方の女性たちには、より多く子を作る傾向があるんだ。つまり、女性の繁殖力を高める遺伝子こそが、ゲイ遺伝子なんだよ」  暮野の最後の言葉が、八神の中にストンと落ちた。あの二人の男のしたかったことが、今やっと理解することができる。 「つまり、こういうことなんだね。僕の遺伝子で作られた女の子が、子どもをたくさん生んでいる。そして、更にその娘の姪や孫たちも、たくさん子どもを生んでいる。その子沢山の遺伝子が、未来へと脈々と繋がっていくということは……」 「そう。それが一体何を意味していると思う?」 「……ゲイ、遺伝子が……淘汰されないことを意味しているんだっ……そうだ……そうなんだ!」  八神はシンとした図書館で、思わず興奮のあまり大きな声で叫んでしまった。周りの視線を感じ慌てて口を塞ぐと、暮野がおかしそうに笑いながら、優しく八神の頭をポンと叩いた。 「ゲイ遺伝子の必要性を国民が理解したのさ。だから今まで秘密裏に行われていたミッションは公になったし、尚且つ、俺たち以外にミッションに成功したカップルが最近出たらしい。てことは、そのカップルも、今の俺たちと同じように、過去に生きて、精子を未来に送り届けている……勿論。嘘発見器付きでね」  暮野はそう言うと、八神に粋にウインクをして見せた。 「あ、でも、そしたら、未来はゲイの人だらけにならない?」 「ならないよ。例えゲイ遺伝子を保因していても、それが必ず発症するとは限らない。優弥だって、俺に出会わなければ、多分、ゲイである自分に気づかなかったはずさ……」 「ああ、すごいっ……なんて素晴らしいんだ……」  八神は感動しながら心を込めてそう言うと、暮野を真正面から改めて見つめた。  自分なんて、一生何の役にも立たない、ただの引きこもりの読書オタクでしかないと思っていた。でもそれが、暮野と出会えたおかげで、こんなにも劇的に変わったのだ。自分の存在意義や、家族の大切さ。人と関わること、愛することの喜び。そのすべての感謝の気持ちを、愛を、一体どうやって暮野に伝えたら良いのだろう。 「どうしよう。僕は、愛してるって気持ちを、ちゃんと來に伝えられてるかな……また、同じ過ちを犯してない……かな」  八神は突然こみ上がる、泣きたくなるような切ない気持ちに、胸がはち切れそうになる。 「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ……俺の心の奥ん中に……」 「來……」  八神の頬を伝う涙が、綺麗な一筋の線を作る。暮野はその線に沿って、人目を避けるように、そっと優しい口づけを落とした……。                    了

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