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第8話

    第8話止まらない距離 ⸻  放課後。  教室の隅に、俺と瑛太だけが残った。  外はすでに薄暗く、時計の針の音がやけに響く。  鞄に手を伸ばしたとき―― 「……あ」  瑛太が俺の肩を指差す。 「ここ、なんかついてます」  そのまま一歩、近づいてきた。  俺は反射的に後ずさろうとしたが、机に背中が当たり、動けない。  指先が服に触れる。  ほんの一瞬なのに、肌の奥まで熱が伝わってくるような感覚。 ⸻  距離が、縮まったまま止まった。  息がかかる。  時計の音よりも、瑛太の呼吸のほうが近くにある。  目が合った。  動けばぶつかる距離。  それでも、どちらも下がらなかった。 ⸻  不意に視線が落ちる。  瑛太の口元。  ゆっくり動く喉仏。  そこから目が離せなくなって―― 「……終わりました」  低く笑い、瑛太が一歩だけ引く。 ⸻  廊下に出た瞬間、安心しかけた俺の前に、またその影が寄る。  触れてはいないのに、肩先が熱い。  耳元で、短く。 「また明日」  そう言って、去っていく背中。 ⸻  夜。  あの距離と、呼吸と、体温。  目を閉じるたび、鮮明に浮かんでしまう。  ……眠れるわけがなかった。 ⸻

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