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第1話 プロローグ【Sable Murmur】
※プロローグなので、この話にR18表現は有りません。
淫魔。
かつては、サキュバスの身体で人間から精を奪い、その精をインキュバスの身体で人間に注ぎ妊娠させる存在だった。
しかし現代では…
淫魔たちは、身体の性を自在にスイッチしながら、今日も快楽と享楽に飢えて生きている。
その自由な生活は、ありとあらゆるエッチなことに興味津々。
人間から見れば、まるで倫理の欠けた爛れた性生活。
でも、それが彼らにとっての“普通”なのだ。
さて、ここは【Sable Murmur(セーブルマーマー)】-―
人間界と魔界が友好的な関係を築くべく設けられた、人間界の特区にぽつりと存在する淫魔たちの社交場――否、狩場。
重たく軋む扉をくぐれば、紫煙とバニラが混ざり合った甘い空気が、値踏みするような視線と共に肌にまとわりつく。
外から想像する大きさ以上の広さがあり、それはまるで誰かに創られた夢の世界へ一歩踏み出したかのような歪を生んでいた。
ここでは人間が、自らの精を“食事”として差し出す代わりに、日常では味わえない刺激的な悦楽を得る。
それは契約でも隷属でもない。快楽という等価交換の上に成り立つ、新たな共存の形。
男も女も、心のどこかに飢えを抱えて、この扉をくぐる。
店内には、深い闇の中を泳ぐようなネオンが其処此処に灯っている。
微笑、手つき、グラスの傾け方、ピアスの揺れ…
この店では、言葉よりも仕草が雄弁だ。
照明の光を返す瓶が立ち並ぶバーカウンターに立つのは、インキュバスのマスター。
甘く危険な色気をたたえた目で客を見抜き、欲望の気配だけで最適なカクテルを選ぶ。
マルガリータ、マティーニ、ブルームーン、あるいは淫魔専用のレシピ。
その一杯には、欲と愛と、時には可愛い悪戯や、…アブナイ罠までもが溶けているという。
基本的には避妊や病避けの効果があるので、まずは一杯がお約束。
淫魔も人間も、簡単には手を握らない。けれど、指先はテーブルの下でそっと触れる。
笑って、逸らして、でももう一度目が合ってしまったら──
それは合図。
「じゃあ、ちょっとだけ」
そう言った方が、案外深く堕ちていく。
手を引かれて立ち上がる淫魔の腰では、これから食べる精の匂いに興奮して、うっかり飛び出した尻尾がピクリと揺れていた。
プレイエリアに至る通路へ向かう、その後ろ姿を、残された誰かがジンと共に見送る。
この場所では、淫魔も人間も関係ない。
“どんな快楽をも楽しむ意思”だけが通行証。
今夜はまだ、指をなぞるだけで済ませようか。
それとも──
その熱が、欲望か、それとも何かもっと…名前のあるものかは、
まだ、この夜が終わるまで、誰にもわからない。
外界と繋ぐ扉を開けて、馴染みの淫魔が二人足を踏み入れる。
「よぉマスター」
「ねえ、なんか面白いことあるんでしょ?」
その黒髪と銀髪に、フロアを泳ぐ視線達が色めき立った。
快楽に、享楽に飢えた心を弾けさせる夜が、今日も始まる――…
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