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第2話 FIRST SHOT~悠と怜司の初エッチ~
バニラが香る薄暗いハプバーのフロア。
重低音のビートが響き渡り、ネオンが滲む空気を淫靡に震わせていた。
カウンターに置かれたグラスの中で、氷がカランと儚く鳴る。
肌にまとわりつく甘く淀んだ空気が、退屈を持て余す淫魔二人を置き去りにしていく、そんな夜。
「今夜は良さそうな子全然いないし、暇すぎてどうしようもないな。こんなに賑わってんのに」
グラスの縁で指を遊ばせながら、淫魔の一人、悠がカウンターに項垂れる。
色白の肌、しなやかに伸びる手足、白いシャツから覗くすらりとした首。
俯く額に零れる黒髪と、頬に影を落とす睫毛の下には、憂いた猫のような瞳。
いつもは誰もが彼をほうっておかない。
しかし半ば貸し切りのようなフロアを見渡しても、好みの女の子は見当たらず、性を持て余した空虚さが二人を包んでいた。
隣に座るもう一人の淫魔、怜司は性欲で頭がパンパン状態でグラスを傾けたまま、魂が抜けたような生返事しかしない。
こんなに夜も深まれば、いつもならマゾな女の子を二人で挟んでとろとろにしてる。
3Pじゃなくても、せめてお互いにそれぞれ好みの相手がいれば“食事“ができるのに――…
悠がふと眺めたソファ席で、歓声が上がる。
(バカ騒ぎしてる…今日集団の客多いんだよな。二次会か…?淫魔とヤる気がないなら来るなよな)
それを遠くの出来事のように眺め、うんざりしたように首を回してから、怜司が咥えたままにしている煙草を奪い取ってひと吸いした。
「暇すぎて、もうアンタでもいいくらいだよ」
煙を吐きながらため息のようにこぼしたその言葉。
何気ない、意味もなかった自分の言葉に、悠はふとグラスへ伸ばす手を止める。
「なー、ほんとそれ」
悠は何も考えてない様子で愛想笑いする怜司に視線を移す。
それから、悪い遊びを思いついたように、口端をわずかに上げた。
怜司――…
彼は、淫魔、ことインキュバスの中ではかなり“インキュバスとしての魅力にあふれた存在”だった。
硬そうなグレイアッシュの髪の下で、少し冷たく見える瞳がグラスを眺めている。
服の上からでもわかる男性的な体躯は、女の子なら抱かれたいと思うのではないだろうか。
例え淫魔に恋心がなくても、遊ばれるとしても、一度くらいシてみたい。だなんて。
なにも冷たいわけじゃない。
怜司は色欲に従順で、女を喜ばせるためなら舌ピだって開ける。
悦ければなんだって良いのだ。
ただ一つ淫魔として欠点があるとすれば、男を相手にしない、という性へのこだわりがある事だった。
(ふうん…)
悠は目を細める。
怜司はようやく、悠の視線が自分を舐めるように這っているのに気づき、あれ、こいつマジで言ってんのか、と視線を返した。
行き場のない性欲を抱えた夜に、二人のインキュバスの本能が疼く。
悠はまだ男の身体で男を相手にしたことがない。
怜司もまた、男を相手したことなんてない。しようとも思わない。
二人は女の子を挟んでプレイをする関係で、二人の間に女の子を挟まずプレイする事なんて考えたこともなかった。
興味。
それは単純な興味だった。想像してみても不思議と嫌悪がない、ゆえに、転がりだしたら止められない。
怜司の唇の端が、挑戦的に歪む。
「悠、お前相手で、俺が満足できると思ってんの?その硬い身体でぇ?」
上から下へ、すらりとスタイルの良い悠の身体を視線で舐めながら、煽るように、笑うように、誘いに乗る気配を見せる。
その言葉で、悠の遊び心に完全に火が付く。
悠はグラスの中身を一気に飲み干してカウンターに置くと、立ち上がって怜司を振り返った。
「こいよ」
そのままフロアの奥へと歩を進め、細い通路を抜けてVIP席の個室へ。
ちょっとした悪ふざけ。
ちょっとだけ味見、のつもりだったのだ。
――お互い。
個室の空気は、ウイスキーの渋い香りと少しのディフューザーの香りで包まれていた。革張りのソファが薄灯りに鈍く光を拾う。
悠が怜司をソファに押し倒して、見下ろした。男二人の体重に、ギシ、っとソファが鳴く。
インキュバスはサキュバス体にだってなれる。だけどそれじゃ、つまらない。
サキュバス経験のある悠がサキュバス体になる素振りを見せないことで、怜司は完全に遊びの意図を察する。
そう、男のままで“遊ぶ”のだと。
「乗れよ、悠」
「勝手に仕切んな。まだどっちが下か決まってないだろ」
言いながら、悠は怜司の首筋に唇を添わせていく。
互いが互いのシャツのボタンを外していく指先はこなれていたが、怜司の指先は一瞬だけ留まった。
(ああ、そっか…)
女の子の服とは合わせが逆であることに気づき、改めて相手が男だと認識して、少し酔いが抜ける。
顔の横で揺れる悠の黒髪から香るメンソール。
襟元から覗く背中。
滑らかな背中にはひっかき傷が浮かんでいた。
あれは誰とのプレイ中だったか。
二人は女の子を介したプレイでしか絡まない。
素肌も、果てる姿も、どんな風に感じるかも全部見た。見たが、触れあったことは一度もなかった。
開いたシャツの間を小さく音を立てながら、軽く吸い付いて滑っていく悠の唇の感触に、怜司の肌が粟立って高鳴る。
いつも隣で見ていたやり方で、自分の身体が丁寧に愛撫されていく。
悠の素肌に手を当ててみると、しなやかな筋肉がしっとりと吸い付いて、乳首のピアスを親指の腹で弄べば悠が短く息を漏らす。
「ふ…、何、怜司。ノッてきた?」
悠が喘ぎの余韻を残すような声色で笑った。
その声はあまりにも煽情的に怜司の耳を擽る。
肌も、硬さも、声も、香りも、どうしたって男だ、男なのに。
…なのに、興奮してしまう。
「怜司――…?」
怜司の息が浅くなったのを感じて、悠が顔を上げると、薄明りにほんのり輝く瞳とぶつかった。
パチン、と何かが弾ける。
「?、ァ…ッ…、怜、司…っ!?待――…」
一瞬で背中を駆け上がる痺れにも似た感覚に、悠は慌てて下腹部の疼きを押さえこんだ。ゾクゾクと身体の芯が熱を持つ。
「あっ…ッ」
きらりと揺れる瞳の奥に、まるで蛇に魅入られたように動けなくなる。
(こいつ、俺相手にテザーしてる…!?)
淫魔は獲物に対しての欲望が抑えられなくなると、相手を逃がさないために瞳で拘束する。その視線は、テザーと呼ばれていた。
しかしそれは人間相手にするもので、ましてや男に対してするなんて…
「お前が誘ったんだからな、悠…」
「…は、なんだ、乗り気なんじゃん…」
どうにかインキュバスとしてのプライドを保とうとする悠が、視線を外して支配から緩く逃れた。
怜司に肩を押されて、ソファの上で上下が逆転する。
余裕のない、無理やりにこじ開けてくるような唇の衝突、それが二人の間で交わされる初めてのキスだった。
煙草の味がする。
あり得ない距離にお互いの顔がある。
ぬるりと絡む舌先が吸われ、弄び合いながら音を立てて、受け止めきれない唾液が滴った。
呼吸をしようと唇を離しても、すぐに舌にすくわれて。
その間にも悠のベルトのバックルは外され、下着のラインを指が滑って素肌があらわにされていく。
怜司の舌ピアスが悠の舌に絡み、冷たい金属の感触が熱い唾液と混じり合う。
「ん…、ふ…アンタの舌、面白いね。女子ウケいいわけだ」
「俺に沼るなよ?これは暇つぶしなんだろ?」
「俺でテザーするほど興奮しまくってるくせに、よく言うよ」
身体を起こして自分のベルトを緩めた怜司の手を止めて、悠が見上げる。
「で、結局怜司が上で、俺が下なわけ…?」
「なんだよ。サキュバス体で男のなんて挿れ慣れてんだろ?それとも抵抗あんの?怖気づいた?」
「…そうじゃなくて、アンタがさ――まあいいや」
悠は諦めたようにソファに背を預けなおすと、さりげなくシャツで自分のものを隠して片膝を立てた。
それを見た怜司が眉を顰める。
「おい、なんだあ?俺を馬鹿にしてんのか悠。服で隠すなよ」
「だから…配慮だろ。だってアンタ、男なんて抱けんの?男とヤったことなんてないだろ、淫魔の癖に」
「ごちゃごちゃ言うな。見せろよ全部」
怜司はそういうと、シャツをどかして悠の熱を露わにした。
「そんなので萎えるなら、お前とこんなことしようなんて思ってねぇよ」
見くびんな。そう言ってズボンを下着ごとずらして見せた怜司の欲望は、悠を前にしてドクドクと脈打っていた。
「早く突っ込ませろって。なんでか、お前ならヤれそうな気がする」
男の身体相手に萎えることがない怜司に微笑んで、悠は張り詰めたそれに手を添え、腰を浮かせて濡れた先端を自分の入口にそっと擦りつける。
「いいじゃん、入れてみろよ…」
熱く湿った柔肉に触れるたび、微かな水音がいやに耳に響いて、二人の距離を濡らしていく。
「てか、悠ってコッチ使ったことあんの?お前がインキュバス体で男相手にしてるの見たことないけど」
「あるわけないだろ。だから今慣らしてる…急かすな」
(ふうん。つまり悠は男体アナル処女ってわけか…)
怜司はクチュクチュと少しずつ入り口が広がるのを見つめた後、頬を微かに色づかせる悠に視線を戻す。
前髪の隙間で長い睫毛が影を落として、妙に色っぽく怜司の目に映る。
つぷ、と先端が飲まれると、怜司の腰がビクッと揺れた。
「…ッあ、やべ…なにこれ、輪っかみたいに、先端締め付けられて…」
怜司は女性器とは違った感触に息を詰まらせ、焦れた腰をわずかに押し進めてしまう。熱い脈動が疼きを増したのに気づいた悠が、怜司の胸に手を置く。
「ほら、焦るなよ。天国はすぐそこだぜ?」
悪戯っぽく囁きつつ、慎重に再び押し込んで。
(怜司のちんぽ、あっつ…凄い興奮してんじゃん。まさか男抱けるヤツとは思ってなかったな…)
チラッと怜司を仰ぎ見ると、女を抱いてる時でも見たことないような顔で、自分のものが飲み込まれていくのを眺めている。
その顔を見て薄く微笑みながら、先端を入れては抜いて、少し深めて、慣らして…。柔らかく順応していく。
淫魔は精という食事しかとらない。
ゆえにソコは、ただの性器としてしか存在していない。
男を愛する人間から精液を搾り取る時くらいにしか使わない穴は、いとも簡単に雄を咥え込んでいく。
ねち…と濡れた音を立て、怜司の一番太い部分が飲み込まれ悠がホッとした、
その時――
「…悪い悠、ちょっともう我慢できねぇ」
はぁ、と息を吐いて、許可も待たず怜司は一気に悠の中へ自身を叩きつけた。
「ん、あ、ア…っバカ、待てって…っ!そんないきなり――…っ」
初めて腸壁に感じる快感に、仰け反る。
「―ッ、あ、…っ」
伸し掛かる肩に爪を立てながら眉根を寄せる悠を見下ろして、怜司はその前髪を指先でどかした。
「あー…。ハッ…お前、そんな顔できんだ…?いいじゃん…」
屈辱なのか、恥辱なのか、快楽なのか。
生理的に潤む男の瞳が自分を射抜く背徳感、それは怜司の腰を甘く痺れさせ、悠の内側で質量を増していく。
脈打つ血管の数まで解らせられるような圧迫感。
湿った吐息が唇を掠め合うほど近くに顔を寄せながら、ソファを軋ませて二人の腰が揺れる。
「は、あっあっ、あ…っんう…っ」
感じる度収縮をして締め付けるそこは、男のものを受け入れて、くちゅくちゅと柔らかく、きつく、包み込んで吸い付く。柔らかな肉が暴かれるように擦られて、下着をひっかけた悠の脚がふらふらと空に揺れていた。
(くそ…っバニラくらいのつもりで誘ったのに、アナルセックスするはめに…なるなんて…、)
(どうせ萎え合って終わりだと思ったのにな…、だって、野郎で、しかも相手は悠で、)
でも―――…
気持ちよくて止まらない。
くちゅ、くちゅ、ぱちゅ、ぐちゅ。ぐっ、くちゅり…
「アンタの…が奥まで擦れて…や、やらしい音してる…っ」
「奥擦られて気持ちいいって顔してるぜ?ほら、押し返してきてんじゃん、ほら…ほら」
パン、パン、と腰を押し込むたびに、二人の境界ではしたない水音が生まれ、上ずる呼吸が煽情を誘発して、淫らさに拍車がかかっていく。
「はは、もうぐちゃぐちゃ…お前さあ、こっちでヨくなれるんなら、ケツだけでイク才能も、あんじゃねぇの…?」
「あ、ッアンタも、男で勃つ、なら…男抱く才能ある、だろ…ッ」
しかし、身体を打ちつけ合いながら、二人は気づいていた。
おそらくお互いでなければ、こうはならないのだと。
悠が我慢できずに、突かれる度腹の上で跳ねる自分の熱を手で包み、上下に扱いて快楽を追う。
さすがにまだ後ろだけでは果てられない、そのもどかしさに唇を噛んで怜司の背中に爪を立てる。
内側を侵される。ゾクゾクした鈍い快楽が脳を痺れさせて、次第に冷静な思考すら奪い去っていくように悠の中で渦巻いた。
指の隙間を、とろりと溢れる蜜が絡まる。
(あっ…あ、イキ、そう…)
絶頂の糸を掴みかけたその時、怜司が身体を起こして悠の脚を持ち上げ、ふくらはぎに軽く歯を立ててきた。
「あ…な、なに、を、怜司…」
「わかりやすく締め付けやがって…一人でイこうとするなよ、そこは同時絶頂だろ…ッ?見せろよ、お前がケツに出されてイク顔…っ」
悠の腰に手を添えて、怜司は腰を打ち付け始める。
それは今までのような味わうピストンではなく、快楽を駆け上がるための力強い動きで、肉がぶつかり合う音が、パン、パン!と個室に響く。
背中をソファにこすり付けられながら、悠の内側が怜司に蹂躙される。
甘く、激しく、追い立ててくる快楽から逃れられないまま、二人の視線は交差する。
堪えるような、まだわずかな理性を宿したような声を小さく漏らして、解放された熱がびゅくびゅくと迸った。
(怜司に、ナカで、出されてる…っ)
(すげぇ、俺、悠に出してる…ッ)
その夜の、戸惑いが浮かぶお互いの甘いイキ顔は、二人の記憶に深く焼き付いた。
同時に、自分がどんな顔をして抱いて、抱かれていたのか、見つめあった瞳の中に答えを見てしまった。
それは、今まで感じたことのない快楽を知ったような、顔だった。
呼吸を整えて、少しだけ冷静さを取り戻して見上げる天井。
サーキュレーターがかすかな音を立てながら、くるくる回っている。
「怜司…ティッシュ取って…」
まだ甘さの残る、掠れた声。
さっきまで、男をナカに招き入れて喘いでいた男の…。
怜司はベルトを外したまま、軽くズボンを上げてティッシュ箱を悠に投げる。
それは何気ないいつもの事後のやりとりだったが、拭くのは女の子じゃなくて悠なのか、と、投げた後一瞬固まる怜司。
(抱いたのが俺なら拭いてやるべきか…いや…)
気恥ずかしさだろうか、そわそわしてしまう。
(悠と、やっちまった…。やれちまった。てか、むしろ…)
ついでにテーブルから拾い上げた煙草を一本、口にくわえる。
パキっとカプセルを噛んで、ジッポで火をつけてからソファに背を預けた。
ティッシュで腹に散った精液を雑にふき取っている悠の脚の間から、とろり…と流れ出る自分の精液。
(エロ…)
横目で見て、一吸い。
怜司の胸にチクリと何かが刺さった。
その火種が何かはまだわからないが――…
ポイっとティッシュを投げ散らかした悠の前に煙草の吸い口を近づけると、吸い付いてきた唇がちゅう、っと小さな音を立てる。
その唇の柔らかさを知ってしまったら、普段聞いてるその音すら官能的に聞こえて来て、怜司はまだ火照りが残る悠の唇を舌で割り開く。
まだ口に残る煙が混ざって、お互いの肺を満たして燻った。
「ん…、ふ…」
ピロートークをするわけでもなく、しばらく身体の火照りを沈めていた二人は、互いの姿を盗み見ながら、遊びだったのにな…と天井を仰ぐのだった。
“お互いが特別”になる日がくるなんて、思いもせずに。
-おしまい-
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