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第11話

「おい、これ…」  水野によって下着ごとズボンが膝まで下ろされてしまい、流生の下腹部が露わになる。  声を上げてしまったのは、濡れた下着が一気に引き下げられた摩擦のせいだ。  貞操帯の中で頭を擡げている性器の先端は濡れていて、後ろも同じ様な感覚がある。外気に触れている事でさえ、刺激的だった。  水野の呆れる様な溜息が心に響き、無意識に肩が窄まり鼻の奥がツンと痛み始める。  顔を上げる事なんて出来るはずも無く、水野に何を言われるのかと唇を噛んだ。 「流生のとこ、どうなってんだよ。…、これ、お前の趣味ってわけじゃねーんだろ?」  好きで装着していないと説明する必要も無かった事だけは、不幸中の幸いだった。  けれど、水野の前で下半身を晒しているこの状況が辛い事には変わりなく、情けなさも加わって視界がじんわりと滲んでくると、鼻を啜る。 「ぉ、おい、泣くなよ? 俺は、ただ、流生の事が心配で…」  少しだけ優しく聞こえる水野の声色で、余計に胸が熱くなる。泣きそうだった。  でも、涙が零れる、そう思った瞬間に感じたのは、頬を伝う感触でも無く、身体の奥底から湧き上がる様な欲で、膝が震え始める。  呼吸が荒くなって、前のめりになる身体を制御できずにいると水野に抱き止められた。 「はっ…、ぁ、い、嫌だ…、あぁっ」  全身が粟立つ感覚。これから自分の身に何が起きるかを十分に理解している分、鼓動の高鳴りの後にやってくる痛みに震える。  水野の肩口に唇を押し付けると、逞しい腕が強く抱き締めてくれた。  フェロモンを香水で中和しているとはいえ、水野はアルファだ。身体が触れ合っている部分から伝わる熱が、高い気がした。  アルファはオメガのフェロモンにとても敏感だというし、発情している流生とこの距離にいる水野も、きっと欲を抑えている。 「ごめ…、っ、なさい」  謝罪が口から突いて出てしまう程度には反省しているのに、水野が自分に対して欲情しているのかもと考えると嬉しかった。  そんな思考になっているせいで、性器が膨らみ貞操帯に絞められる。その苦痛に顔を歪め、小さく呻くと水野に声を掛けられた。 「これ、外せないのか?」  水野がアルファだと知った今、外せないわけでは無い。けれど、問題はその外し方だ。  どう答えるのが最善なのかと思案してみるけれど、そんな余裕も無かった。 「僕、には無理。…、ぁ、アルファ以外、外せない。はぁ…っ」  とにかく痛みから解放されたい。その一心から震え声で返すと、神妙な面持ちの水野に顔を覗き込まれる。 「…なら、俺が外してやる。どうしたら良い?」  熱の籠った瞳が真っ直ぐに見つめてくる。  水野の形の良い唇がいつも以上に魅力的で、思わず生唾を呑んでしまうが、直ぐ我に返って視線を外した。 「アルファの…、唾液を」 「唾液? 唾液をどうすんだよ?」  脳内で説明文は浮かんでいるものの、それを口にしようとすると口籠ってしまう。そんな事を繰り返していると、水野の苛立った様な溜息が耳に届き、白状する事を決めた。 「唾液を、貞操帯、全体に…」 「はぁ⁉ マジか。これ付けさせてる奴、変態すぎんだろ‼」  水野の当然の反応を目の当たりにし、流生の強張る口元から苦笑いが洩れた。  僕だってそう思うよ。そう言いたかったけれど、口を開けば恍惚とした吐息が零れてしまいそうで怖くて、唇を結ぶ。  少しだけ戸惑い気味の水野が自身の掌を舌で舐め、唾液に塗れた手で貞操帯を包む。やんわりと握られている熱が伝わってきて、反射的に腰を引いてしまうが外れなかった。  その理由は明白で、直接では無いからだ。  腑に落ちない表情をした水野に見上げられると、その図が厭らしすぎて喉が鳴った。 「…っ、あぁ、ん…、はっ」  痛みには違いないのに、口から零れた声は欲と熱を孕んでいて赤面する。 「直接…、直接じゃないと、だめ」  欲が完全に勝っていたと思う。水野の口内に含まれる感触を想像してしまい、早く外して欲しいと気が逸っていた。  多少は躊躇われるかと覚悟はしていたけれど、当の水野はすでに唇を開き貞操帯に舌を這わせようとしていた。 「あっ、…、はぁ、ん…あぁっ」  金属性の縁の隙間から、生温かくて濡れた水野の舌が性器に触れる。熱い吐息がかかる度に興奮してしまい腰が揺れると、水野の手が流生の尻を撫で、心地良く揉んでくる。  痛いのに気持ちが良くて、堪えきれずに声が裏返った瞬間、舌の感触が離れた。  荒くなっていた呼吸を整え、滲む視界で水野を見下ろす。  水野の手は貞操帯と、流生が吐き出した白濁に塗れていた。  途端に羞恥心が溢れてきて流生が眉を寄せてしまうが、水野は恍惚としながらも熱の籠った瞳で見つめてくる。  キスして欲しい…。  そう口にしたわけでも無いのに、水野の唇は流生の望み通りに近づいて来る。目を閉じると目尻に溜まっていた涙が頬を伝い、唇に柔らかい人肌が触れた。  触れただけなのに甘い痺れが全身を巡り、離れていく唇を薄目で追いかけると、水野の視線と濃厚に絡み合う。  流生の頬に水野の唇が触れ、リップ音が部屋に響いた。  熱に浮かされたかの様に見える水野は、何を思っているのか。流生のフェロモンに酔って我を失っているだけなのかも知れない。  これは、慎一郎君の意志じゃない…?  そう思う反面、流されてしまいたいと思う自分も居て、この先にあるだろう快楽に期待して鼓動が高鳴る。  水野の息遣いが流生を煽るようで、もうどうにでもなれと目を閉じ、唇を薄く開きかけた所で二人同時に目を見開いた。  流生のスマートフォンへの着信だった。  急に現実に戻された。夢でも見ていたかのような感覚で、半ば錯乱状態だ。 「…ぁ、洗ってくる」  目を伏せたままの水野が浴室へと小走りに消えて行き、下着とズボンを履き直すと鳴り止まないスマートフォンを手に取った。 「…、もしもし」 「竹内です。…? 何か、ありましたか?」 「い、いえ、大丈夫です」  心の準備は出来ていたはずなのに、通話が始まった途端に声が裏返ってしまい、竹内の不審そうな声に密かに苦笑いを浮かべる。  竹内からの話は流生の予想通り、社長の部屋に向かう時間の件だった。そもそもアルファの水野に貞操帯を外して貰ったのだから、行く理由なんて無い。  少しだけ強気になってしまうのは、貞操帯を外して貰って、射精をしたせいだろうか。 「…、はい、五分後に、…わかりました」  でも、断れるわけも無かった。  通話が終了すると、少しだけ冴えている気がする頭で流生のスペースに向かって着替えを手早く済ませる。  社長が好きな膝丈のタイトスカートに、白いシャツ。ドレッサーに向かってリップを塗り直していると、水野に名前を呼ばれた。  あんな失態を晒した後なのにまだ羞恥心は残っていて、何か言いたそうな顔をした水野から視線を外す。 「…、それ、ありがとう」  貞操帯を受け取り、水野に背を向けると自分で装着して、下着を上げた。  何をしているんだろうという虚無感で眉が自然と下がり、スカートの裾を力無く直していると視界に水野の足が映り込む。 「ド変態野郎のとこに行くんだろ? なんとかしてやるから、…そんな顔、するなよ」  水野の顔を見上げていた自分はよっぽど酷い顔をしていたのか、作りでは無い、素の水野の優しい声に胸が温かくなるのを感じた。  迎えに来た竹内と一緒にエレベーターに乗り、社長の部屋を目指す。竹内との時間はとても安らぐのに、それが後数秒で終わるかとわかっているだけに気が重かった。 「流生君…」 「大丈夫です。…、慣れましたから」  竹内の顔を見る事は出来なかったけれど、唇に力を籠めて笑ってみせる。  ノックをして部屋に入ると、こういうシチュエーションは初めてじゃないはずなのに足も、心も竦んでいた。  前に進めずに留まっていると、奥から流生の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。  その声は決して厳しいものでも無く、どちらかと言えば柔和。それなのに首の後ろはゾワゾワと粟立ち、身震いをしてしまう。  息を呑み、身体を硬直させながら一歩、また一歩と前に進んだ。 開け放たれた扉の奥から物音がしたかと思うと、バスローブ姿の社長が顔を出す。 「ルキ君、待ってたよ」 「…、お待たせして、ごめんねぇ」  既に社長所望のプレイは始まっていた。  小首を傾げて舌を出して陽気に笑って見せる流生に、社長は至極機嫌が良さそうだ。  歩み寄ってきた社長にやんわりとエスコートされる様に手を繋がれて奥に進むと、ベッドサイドに見覚えのある物が置かれていた。  黒い短鞭だ。  一般的には乗馬で使うイメージのある短鞭だが、これは社長がこの行為の為だけに海外から取り寄せた名品で、用途は人を叩く事。  馴染みのあるそれに自然と視線が流れてしまうと、社長の含み笑いが聞こえた。 「先に貞操帯を外してあげよう。それが付いていると、辛いだろう?」  目を細めて微笑む社長の息遣いが流生の項に触れ、弧を描いた唇の奥で声にならない声を上げる。  ヒート真っ最中の時には何とも思わなかった、このちょっとした触れ合いでさえ眉が動いてしまいそうだった。  こんなことなら薬を飲めばよかった…。  僅かに身体は熱を持っているものの、湧き上がり、溢れ出る程の欲望が今は無い。水野とのキスを思い返すと顔は火照り始めるが、今から流生が相手をするのは水野では無いと、視覚と嗅覚が言っていた。 「スカートを上げてごらん」 「…、うん、優しくしてねぇ」  いつものやり取りだった。  流生がスカートを腰までたくし上げて前を露出させ、社長が跪いて見上げてくる。太腿に社長の腕が絡みつき、恍惚とした顔をした社長が感嘆の声を洩らして頬釣りを始めた。  鳥肌しか立たなくて、きつく目を閉じる。  目を開けさえしなければ、この肌に纏わりつく感覚も、やがて快楽に変わるから。  でも、ただ身体は震えるだけで疼きもしなければ、昂ぶりもしなかった。  嫌悪感だけが胸裏を占め、きつく結んでいる唇からは悲鳴でも洩れてしまいそうで眉間に皺が刻まれる。  どうしよう、今の僕は、ルキなのに…。  下腹部に荒い息遣いを感じ、性器が生温さに包まれた。  流生の呼吸は荒くなる一方なのに、欲なんて微塵も湧いてこない。性器が窮屈さから解放されると、ひんやりとした外気を感じた。  流生の性器は完全に興奮を喪失していて、一目でヒート状態では無いとわかる。  …どうしよう、どうしたら良い…?  そう思い悩んでいる矢先、きょとんとした社長が見上げてきて、何と言ったのかは聞き取れなかったけれど、唇が「ルキ君」と動いた気がした。

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