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第1話

1.  ――『ロア・ヴァルター・グライス第1王国騎士団・副騎士団長。国家反逆罪により、職務、爵位、家名その他全て没収の上、国外追放に処す。即時ブラン王国からの退去を命じ、ブランの民と名乗る事も禁ずる』  早朝、部屋を訪れた王宮使者が、俺に渡した紙にはそう書かれていた。 「待ってください……どういう事ですか」 「既にお前を運ぶ荷車は外に待機している。早くしろ」  ドアの前に仁王立ちで立ち塞がる使者の後ろから、そそくさと現れた元部下達の太い手に、両腕をがっちりと掴まれ身動きが取れない。  一瞬にして頭の中が真っ白になる。  ――国外……追放?  正直、書状の内容なんてほぼ頭に入っては来ず、|そ《・》|の《・》|単《・》|語《・》だけが頭をグルグルと回り続ける。  ――どういうことだ? 俺が何したって言うんだよ……  手の中に収められた紙が、クシャッと音を立てる。  体格の良い男2人の腕を振りほどいて抵抗しようにも、ビクとも動かない。 「はー、これでガキに媚びへつらう日々も終わりだな」 「何が史上最年少で副騎士団長に登り詰めた男だ。ざまぁねえな」  ひと回りも上のうだつの上がらない騎士たちが放つ嫌味ったらしい言葉を聞かされながら、捕縛された俺はそのまま外へと放り出されてしまった。  非番の本日。、大切な予定の為に、朝から街へ花を買いに行こうと着替えを済ませたところだった。白いシャツにグレーのベストとスラックスという軽装のまま、真っ暗な馬車の荷台へと乱暴に投げ込まれる。 「いって……何すんだよ!!」 「ルイス様から伝言だ。これは冥土の土産にくれてやる、どう使うかはお前次第、だとよ。せいぜい首が全部飛ばないよう|上《・》|手《・》|く《・》|や《・》|る《・》|ん《・》|だ《・》|な《・》」  睨み付けた元部下は、蔑んだ目で笑いながら俺の愛剣を荷台に投げ入れる。  ガシャンッッと重量感のある音が車内に響いたかと思えば、ついに馬車が動き出した。 「ふざけんなよ! 誰がこんな真似を!!」  いくら叫び喚こうが、|伽藍《がらん》とした荷台では虚しいだけ。 「クソっっ!」と床を殴る拳の隣に、投げ捨てられたかのように隣に転がる1本の大剣。その細やかな装飾が施された柄をぎゅっと握ると変わらない手に馴染む感覚に、荒ぶる心が少しだけ落ち着いた気がした。 「アーサー……」  アーサー・オブ・ダーク。それは愛剣の名前だった。  奇跡の魔剣と呼ばれるその大剣は、元王国騎士団長だった祖父の形見でもある。  そんな祖父に憧れて、やっとの思いで同じ役職に就く寸前まできたというのに…… 「なんで、こんな事に……」  国家反逆罪。  王国騎士の名に恥じぬよう生きてきた俺には、一番縁遠い罪名だろ。 『騎士たるもの、忠誠心と誠実さを片時も忘れるな。ただ真っ直ぐに生きろ』  例えこのブラン王国が、史上稀に見るクズ国家と言われる国であっても、祖父が言っていたその言葉を胸に、今日まで生きてきた。  それなのに今や、無実の罪により罪人。 「国家反逆って、なんだよそれ……一体誰がそんなこと」  身に覚えが無さすぎる。という事は完全にハメられたんだ……誰かの策略によって。  そう考えると、自ずとある人間が脳裏に思い浮かんだ。こんな馬鹿げた事を執り行うイカれた人物が1人だけ存在する。 「ルイス、まさかアイツが……」  クズ国家の第1クズ王子の名が口から溢れ落ち、手繰り寄せた大剣を握る手に嫌でも力が入った。 『ルイス・アーネスト・カイネス…ブラン王国第1王子』  どういう訳か俺の事を気に入って、ことある事に部屋に呼んでは|夜伽《よとぎ》に誘ってきた。 それはもう、『ロアはルイス王子の愛人だから出世した』と噂を立てられる程に、何度も何度も。  4年前初めて部屋に呼ばれ誘われた時は、何が何だか分からず、そうこうしているうちに服をひん剥かれたが…|已《すんで》の所で逃げ出し、それ以降頑として断り続けている。  それが、王子の|癇《かん》に障ったのであろう。 「そんなバカげた理由で国外追放なんて、するかよ普通」  普通ではありえないだろう。  だが、|執拗《しつこ》いようだが相手は|人《・》|の《・》|形《・》|を《・》|し《・》|た《・》|ク《・》|ズ《・》。  自分の気に入らない物は容赦なく切り捨てる……アレはそういう男だ。  元々、ブラン王国はそのような国ではなかった。  大国として栄え、国民満足度だってこのノワール大陸では常に上位に君臨していた。  おかしくなってしまったのが、国王が病床に伏してからである。 「あのクソバカ王子が実権を握ってからというもの、全部がおかしくなったんだ……」  王族貴族しか得をしない法律が蔓延し、有り得ない高さの税率に市民は苦しめられる一方。  貧富の差が広がる中、隣国に逃げ出す人間が後を絶たないという噂すらある。 「隣国のアズーロ王国はウチとは真逆で、市民第一の優しい国だって噂だしな」  だが今は、そのような事を思っている場合ではない。 「この馬車、何処に向かっているんだろう」  差程大きくはない木造の荷台には、上から黒いカバーが掛けられ、穴の空いた場所から光が差し込んでいる。明かりはその一筋の光だけ。 「アーサー……俺には、お前だけになってしまったな」 真っ黒な布に巻かれた大剣を、思わず抱き締めた。 俺とアーサー……それ以外に、この古く汚い木造の荷台には何も無い。 「いいんだ、俺にはお前が居れば……」  相手は無機質。何を言おうが返ってくる訳が無い。  それでも何かを言わなければ、孤独と不安で気が狂ってしまいそうだった。  いつの間にか差し込んでいた光は消え、辺りは漆黒に包まれる。  物音ひとつ聞こえることの無い、その真っ暗な空間でただ1つ、大剣のゴツゴツとした手触りだけが俺の正気を保たせていた。 「これからどうなるのかな」  どうか、これが夢であって欲しい。  そう願いながら、現実から目を背けるように瞼を閉じた。  どのくらい経ったのだろう。ふと、身体を包む暖かさで目が覚めた。 「ん? あれ、おれ……」  ボヤけた視界を手で擦ろうとするが、何か強い力が働いて腕を動かす事が出来ない。 「は…? な、に…?」  数回瞬きをすると、段々とその力の原因が姿を現した。どうやらそれは、人の腕のように見える。 「は!?」  一気に頭が覚醒した。  人の……おそらく、このゴツゴツした感じは、男の腕が俺の身体に巻き付いている……?  ついでに背中から、何か暖かい重みを感じる。 「あぁ、目覚めたのか。おはよう、ロア」  極めつけは、この低いイイ声。  間違いない。これは、間違いない。  誰か知らない男に…後ろから抱き締められている。 「だ、誰だ!!」  大きな声を上げ、咄嗟に傍にあるはずの愛剣に手を伸ばす。  だが、そこにあるのは何も無い空間。あの重厚感ある大きな剣の柄にいつまで経ってもたどり着かない。 「誰だって。あんなにも愛した俺の事忘れたのか?」  男の手が|弛《ゆる》んだ隙に身体を離し、思わず荷台から飛び出す。 「……っ、いって……」  いつの間にか外は白け、朝靄のかかる草の上に俺の身体は投げ出された。受身を取りはしたが、地面に打ち付けた右肩が少しばかり痛む。  馬と御者が居るはずの荷車は、荷台だけが外されこの場に捨てられていた。 「あっ、アーサー!アーサーは何処に……」  慌てて辺りを見回してみるも見渡す限り、霧の向こうは緑1色。おそらくだがここは森の中なのであろう。  そんな緑色に溢れる場所から、真っ黒の愛剣を目視で探す。 祖父から貰ってから常に傍に置いてあったアーサー・オブ・ダーク。例え霧の中だろうと、あの真っ黒な刀身に紫色の宝石を纏った、大きくて長い剣は嫌でも目に入るはず。だが、それらしき物は見当たらない。  ならばやはり荷台の中だろうか。でも先程その姿は確認出来なかった。手探りで探しただけ、だが。 「……俺の……アーサー」 「呼んだか?」  頭からローブのような黒い布を被り、隙間から見える紫の髪を揺らしながら、荷台から男が降りてくる。 「は? 何言ってる、俺は俺の愛剣アーサーを探して…ってか近寄るな変質者!!」  見上げる程の大男がユラユラとこちらに近付いて来るのを、思わず後退りして逃げる機会を伺う。 「だから、呼んだのかと言っているんだろう」 「いや、だから何言って……」 「アーサー・オブ・ダーク。俺の事を、呼んだのかと聞いている」  そう言いながら、気付けば男は眼前まで近寄っていた。  これ以上逃げようにも、背中に当たる木が邪魔をして、ここより後ろに下がることが出来ない。  男は頭からフードを外し、その顔をご開帳する。  キリッとした男らしい目付きの紫色の瞳と、それよりも深い色をした髪は、後ろの襟足が首に這っている。  男に興味が無い俺にさえ『何だこの絶世の色男は』と思わせるそいつが更に近付いたかと思えば、その大きくゴツゴツした男らしい手のひらが俺の頬を撫でた。 「蜂蜜のような美しい色の髪、蒼穹と見間違う猫のような瞳、そしてこの可愛らしい顔。やっと、触れる事が出来た……ロア」 その男の甘く蕩けるような笑顔に、思わず心臓がドクンと音を立てた。 ……いや、さっき男に興味が無いと言ったばかりだろ。何をときめいている。相手が噎せ返る程の色香を放っているからといって。 そう己にツッコミを入れている間に、段々とその宝石の様な瞳に映る俺が大きくなってきて…… 次の瞬間、唇に何か暖かいものが触れた。  

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