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第36話
36.
「なんで、どうして……またベルデに戻ってんだよォォ!!」
そう叫ぶ俺が居るのは、第2の居場所になりつつあるあった、ギルド・スレイン。
その4人がけの席に座り頭を抱えている。
「ブランの件での報酬と療養、そしてベルデとの友好を深める……そんな全てを兼ねた無期限休暇を与えられたからだなぁ」
呑気にそんな事を言いながら俺の腰を抱くアルは、あの黄色の果実を齧っている。
「療、養? いや、めちゃくちゃ遊んでるじゃん……そして、何故……貴方たちまで」
「何故と言われても……ここは私の国だぞ?」
向かいの席に座っている金髪男は長い髪を高い位置でひとつに束ね、シャツにベストという軽装で俺に微笑みかけている。
「そうだよぉ! どうせ居るなら、皆で遊んだ方が楽しいじゃん?」
「いや、もう……遊びって言っちゃってる……」
そんな事を言っているピンク頭の彼は、しっかりノクセスに抱き着いている。
「あ、あのー……そ、そそそ粗茶になりますが。ま、ま、まさか……皆様お知り合いどころか……王族御一行様だとは、その……」
そう言ってティーカップを出すセイラさんの手は、中の紅茶が零れるんじゃないかと言うほどカタカタと震えていた。
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「まさかとは思うけど、これから皆で何か任務を受ける……とか言わないよ、な?」
ただ茶をシバくだけなら、そこら辺のカフェに行けば良いだろう。
ここに居るってことは……まさかだけど。
「当然だろ?何のためにスレインに来たんだ」
「……うぐっ!」
食べかけの果実を俺の口に充てがいながら、アルは笑いながらそう言っている。
「大丈夫大丈夫!――ノクセス、こう見えてもすんごい強いからさぁ! 何でも出来ちゃうよ?」
いや、そういう問題じゃなくて。
……でも、やっぱ強いんだ……そりゃそうだよな。どう見ても何でも出来ますってタイプだもんな、ノクセス王子って。
アルの手で甘い果実を食べさせられながら、俺はじっと優雅に紅茶を嗜むノクセス王子を見つめている。
漸く全てを食べ終わったところで、俺の顎はアルの手に掴まれ、彼の方へと向けられる。
「さっきから、ノクセスばかり見すぎだろ」
ジトッと俺の事を睨みながら、口角に付いていた果実の汁をアルは赤い舌で舐めとった。
ちょぉぉ!! ここ、公共の場ァァァ!!
「わー!アルトリウス、心せっっまァァァ!」
「心の狭い男は嫌われるぞ、アルトリウス」
向かいの2人からはからかわれるし……はぁ、泣きたい。
「あ、あのう……」
控えめに声を掛けるセイラさんは、そっと俺たちの前に4枚のカードを出した。
「一応……スレインを御利用とのことでしたので、ギルドカードを御用意させていただきましたがぁ」
見慣れたカードが、俺の目に入る。
どれどれ、クラスとかクラスは……皆どうなっているのだろうか。
【アルトリウス・キール・ヴェルメリオ/魔術師/S級】
うん、まぁアルまじで強いもんな。正直、ローゼの大魔術師はアルの事じゃないかと最初思ったくらいだ。
【ノクセス・ジュード・ルーフス/フェンサー/S級】
へぇ……ノクセス王子って細剣使いなんだ、似合うな。
【リアン・イデア・マクロス/魔術師/S級】
あれ、リアン……ヒーラーじゃ無くなってる。いやまぁ、魔法ならなんでも任せろだもんな。
【ロア・ヴァルター・グライス/剣士/B級】
「なんで俺だけB級!?」
「クラス分けは忖度無しですので」
思わず大声を上げる俺に「それはそれなので」とテーブルの横に立ったままのセイラさんから冷静なツッコミが入る。
く、くそ……ま、まぁ確かに他の3人は人間離れしている実力(推定)だけれどさぁぁぁ!
ほらもう、皆声出して笑ってんじゃん……
「ロアの事は俺が守ってやるからさ……安心しろ」
「いや俺、タンクなんだよね……敵を挑発とかして引き付けて皆を守る立場なんだよね……」
笑いながらアルは俺の事を抱き締めるけれど……それは悲しさが増すばかりだった。
>>>
「そいえばさぁ~、本当にアズーロ放置でいいの? ブラン吸収合併したし、色々大変なんじゃないのぉ」
セイラさんに出された大量な任務の紙に目を通しながら、ふとリアンがそう漏らした。
「あぁ。此度の件、俺の仕事はここまでだからな。後は第2王子のラキアが請け負っている。経験を積ませたいと言う親父の計らいでな。……まぁ、アレは俺と違ってクソ真面目で冷静で頭も良い、適任だろう」
「成程。第2王子としても実績を成した第1王子が傍に居てはやりにくかろう、嫌でも顔色を見る事になる」
「ま、そういう事だな」
「ほへ……」
王子同士の会話に、俺はそんな声しか出ない。
「そ、それじゃアズーロが落ち着くまではベルデに?」
任務の紙を手に持ったまま、俺はアルにそう尋ねる。
「そのつもりだが、嫌なら別のところに行っても構わないぞ?」
そんなアルの言葉に、俺は大きく首を振る。
国外追放されたこの場所が、まさかの……第2の故郷になるなんて、あの日の俺は思いもしなかっただろうな。
チラッとアルに目線を送る。
彼と目が合うと俺は無条件で笑顔になる……不思議なものだ。
こんな幸せな日々を送る事が出来るのは、隣にアルが居たから。
彼が居なければきっと、ベルデで独り潰れていただろう。
ありがとう、こんな俺をずっと傍で支えてくれて。
あの日貴方と出逢えた事が、俺の人生で1番の奇跡。
……大好きだよ、アル。
皆がいる前じゃ言えないけれど……俺は絡まる視線に、そんな想いを乗せた。
「じゃ、時間はたっぷりあるってことでぇ……も、任務全部受けちゃう?」
「はぁ!?」
そんな事を言い始めるリアンの言葉に、俺は唐突に現実世界に引き戻される。
「いいんじゃないか? 私も書類仕事に飽き飽きしていた所だ」
「いや、あの、ノクセス王子仕事……」
「大丈夫だ、ロア。王子は案外暇なんだよ」
「やめろアル、そんな筈ない……それにしたって全部って」
「セイラお姉さーーん! これ全部受けまーーす!!」
あぁもう! 一体何十件あると思ってんだよ!!
「戦いで猛った身体……夜にはたっぷり愛して鎮めてやるから安心しろ」
ニヤリと口元を歪めたアルが、俺の耳元でそう囁く。
それは、俺の! 身体が! 持たん!!
>>>
「この先、アズーロでどうしようなー」
「俺と一緒に生きていくんじゃないのか?」
「それはっ…そうなんだけど……」
ベルデ王宮の客間に戻り、ソファに腰掛けるとすぐさまアルは俺を抱き上げてきた。
アルの膝の上で横抱きされた俺は、さも当然に言ってのける彼の言葉に顔を熱くする。
「それ以外何かあるのか?」
「あ、いや、そういう訳じゃなくてさ……ほら俺いま、名前とか職とか何一つ持たぬ人間じゃん……どうしたもんかなーと」
その全ては、ルイスによって奪われてしまった。
まぁ、あの書状は|反故《ほご》になったけれど…ブランがない今、そこで騎士をしていた俺の今後……アズーロで何をしていくものかをつい考えてしまう。
もちろんアズーロのいち騎士から初めても良いのだが、あの弾劾を目の当たりにした彼らにとって……まぁ、一緒には働き辛いだろう、と言うか俺が働きづらい。
もう、あの場にいた全員に「王子の恋人です」ってのが認知されたわけで……今頃その話はアズーロ全体にも行き渡っているのだろう。
「なんだ、そんな事か」
「そ、そんな事って、大事な事だ……ッ!」
少しムッとしながらアルの方に顔を向けた俺の息が止まる。
至近距離に居るアルの顔は、耽美そのもの。
甘く弧を描く口元が薄く笑う様に、俺は呼吸をどうすれば良いのか忘れてしまう程だった。
いや、ホントにあの……本当の姿っていうとアレだけど……元に戻ったアルの破壊力凄すぎやしないか。
元より色気の権化だった。
それが今や威力が格段に跳ね上がり……もう人ひとり|殺《や》れる程になっている。
そんな綺麗な顔が、うっとりと俺を見つめている。
「どうせ最後には、ロア・ヴァルター・ヴェルメリオと言う名で、生涯ただ1人の俺の伴侶という立場になるんだ。それ迄は好きに名乗り、好きな事をすればいい」
「……っっっ!」
艶やかな唇が紡いだ言葉が、俺の全身を貫く。
『ロア・ヴァルター・ヴェルメリオ』
この口が……その名を告げた。
紅い彼の下唇を、俺は指先でゆっくりとなぞる。
その手にアルの手が重なり、唇から引き離されたかと思えば優しく指を握られ、彼は手の甲に口付ける。
「何か不満があるか? この世で俺が唯一無二の愛を捧げる、たった1人の男よ」
「ない! あるはず……ない」
「この命尽きるまで、お前だけを愛し続け、お前の為だけに生きよう。……死ぬ迄、いや……死んでも共に居ような、ロア」
「……っっ! うん、居る……」
顔が溶け落ちてしまいそうなほど熱い。
小さく頷いた俺を見つめるアルの顔は、この世の幸福を全部詰め込んだような顔だった。
彼が、悪魔だろうが、王子だろうが、剣だろうが関係ない。
アルトリウスと言う存在の全てを…俺はこの先も愛していくのだろう。
「……愛してる、アルトリウス」
ポツリと呟いた俺の言葉を、彼が聞き逃す訳もなく。
少しだけ開かれていた窓から吹き込んだ優しい風が、立て掛けられたアーサー・オブ・ダークを撫で……そして俺たちを包み込む。
そんな心地よい穏やかな昼下がり、彼は世界で1番優しい口付けを、俺にくれた。
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