1 / 5
第1話 ロイヤルブルーに恋する大天使ルシフェルは口付けに魅入られている
「大天使ミカエルに3日間の猶予を与える」
最上級天使セラフィム様の声が聖堂に響いた――。
大天使は1000年に1度人格が入れ替わる。
人でいう「魂」が交代する。
同じミカエルなのに、それは違うミカエルなのだ。
おれも1000年で交代だから、多少は他のミカエルのことも知ってはいるけれど。
おれのことを堕天使にしてくれた大天使は、この世でただ1人――。
壮絶な戦いではあった。
本気でぶつからなくてはいけなかった。
ミカエルを殺すつもりで戦った。そうしなければ、自分が堕天使になれなかったから。
堕天使とは、神に任命された大天使が得られる光栄な立場。
地獄の悪魔たちを、神が指揮するための大事な役目、それが堕天使長。
堕天使長が悪魔たちをまとめ上げ、神からの指示を受け行動に移す。
いくら崇高な役目があったとしても、堕天使になるには翼を黒くしなくてはならない。
この戦いは、その儀式のようなものであった。
本気で殺そうと一太刀一太刀を放つ度にどうか避けてくれと。
絶対に防いでくれると信じる気持ちと懇願が入り混じり。
それでも、翼を黒く染めるために無慈悲な攻撃を繰り返す。
もう疲れた。
ごめん、ミカエル。
「じゃんけんぽん!」
「あいこでしょう!」
「あいこでしょう!」
「勝ちました! これでルシフェルは堕天使です!!」
じゃんけんで勝って、めっちゃ喜んでるミカエル……マジかわいい!
結局、剣で勝負つかないから、じゃんけんにしたけど。
めっちゃいい思い出になったな。
堕天使になるから、しばらく会えないけどさ。
20世紀位には神の世界に戻ることができるわけだし、行ってくるよ。
「いってらっしゃい。ルシフェル」
「次じゃんけんする時は、あいこだったらおれの勝ちだからな……ミカエル……」
そんなわけで、壮絶な戦いをしたのだが。
堕天使としての任期を終え、神の世界に戻ったおれは衝撃を受け泣いている。
おれが戻って間もなくミカエルの交代時期が来てしまい、猶予の3日間しか一緒にいられない。
これから1000年も会えないのだ。
こんな涙、誰にも見せられないから。部屋でミカエルを描いた同人誌を広げ囲まれながら泣いている。
いろんな国ごと宗教ごとにいろんな天使の同人誌があり、昔から楽しんではいたけど。
最近では、同人即売会なるものが、日本という場所で行われるようになり。
よくはわからないが。
おれとミカエルを模したゲームのキャラクターという謎の別人をカップリングして描いた本が大量に売られている。
このミカエルを模したキャラクターとかマジかわいいな。
わかる、そう。ミカエルは笑顔がかわいい。
しっかり者に見えるけど、実はおっちょこちょい。
というか、天然なんだ。
なんで人間なのに知ってるんだろ?
この作者は、ミカエルが守護している人間で、ミカエルを見たことがあるのか?
なのに、なぜ謎の別人ミカエルを描写しているんだ?
天使は身分証がないから、成人向けという本は読めない。
基本的に全年齢向けと書かれた注意書きのない本を選ぶ。
それでも人間というのは汚れており、過激な描写がある。
だが、サタンとも呼ばれた元堕天使。
そんなおれが、こんなものに臆することなどはありえない。
だが。
「うわーうわー! この先は見られないっ!」
天使が口づけをするとは、堕天使になってしまうということなのだぞ!?
そんな堕天使になる方法では、サタンになることすらできないではないか。
神から罰を与えられてしまう。
「口づけを天使同士でするなど、何ということであろうか」
その上、なぜか多くの同人誌において、ミカエルとおれが兄弟設定なのだが。
兄弟でもなければ、双子でもないし。
確かに見た目は瓜二つだ。
しかし、それは神によって特別な使命を与えられた大天使だからだ。
光のミカエル、闇のルシフェル。
相反する存在のようであり、対のような存在でもある。
だから、同じ見た目だが、光であり、闇であることが表された。
ミカエルはロイヤルブルーの瞳、首まで伸びた襟足と綺麗にふんわりカールした金髪。
おれは黒目黒髪のウルフカットで、大天使の中で1番美しい容姿を授かった。
って言われているけど。
おれの中では。
確かに美しいのは黒目黒髪かもしれないけど、ミカエルが笑った時の金色に輝くまつげは黒では表現できないわけだ。
美しいのがおれであるのは確かだろうが、世界一かわいいのはミカエルで間違いない。
ドンドン!
「ルシフェル!」
むむ! 楽しい妄想中に無遠慮におれの部屋のドアを叩くとは。
本当に真面目な奴は遅刻にうるさい。
どうせラファエルだろうし、無視して、同人誌を元の棚に戻そう。
整理整頓されてないとなんか気持ち悪いしな。
「ルシフェル! ミカエルが3日間の猶予を伝えられた後に、皆で集まると言っていたでしょう」
そんな集まりには行きたくない。
でも、あと1000年もミカエルの顔を見られないと思うと、遠くからでもいいから眺めておきたい気もする。
だが、しかし。
人間界でも、オタクのメンタルはお豆腐だからな。
推しを目の前にしたら、強くなれる時と極限まで弱くなってしまう時があるんだ。
こういう機微を真面目ラファエルに話しても絶対わかってもらえないしなぁ。
天使同士で口づけしてる同人誌が見つかったら、大変だし。
「ウリエル」
ラファエルの言葉におれは凍りつく。
全力で本を本棚に戻し、最速スピードで部屋のドアを開けた。
「ラファエル、あれ? ウリエルはどこですか?」
「私はウリエルの名を口にしただけですが、効果はてきめんだったようですね」
おれと同じく堕天使になったことがあるウリエルには一目を置いている。
てゆうか、めちゃくちゃ怖いから。
人間が地元のヤンキーと目合わせないばりに警戒してる。
ただ、それだけなのだが。
ラファエルはよく悪用するから要注意だ。
「ふん、ルシフェル。行きますよ」
彼は人間の姿から白猫の姿に変わると、廊下を歩き出した。
ラファエルは人間の姿になるとエメラルドグリーンの瞳に茶髪。医師らしい風貌。
白猫になってしまえば子猫のように小さく、てちてち歩いてかわいいアピールをするのだ。
大天使の中には小動物の姿を持つ者がいる。
ウリエルは黒豆柴だ。いつもラファエルと戯れており、小動物同士仲が良い。
人間から四大天使と呼ばれるミカエル、ラファエル、ウリエル、ガブリエル。
ガブリエルは、少年の姿をしている。
人間からすると、女性であるとされてはいるのだが。
本人は、少年の姿にとてもこだわりが強く。
おしゃれが好きで、かわいいものが好きで、趣味としては女性的なんだよ。
でも、姿が女性であることはない。
いつも少年の姿だから、人間には女性だってごまかせたのかなぁ。
大天使たちだって仕事もあるし、使命もあるし、都合が良ければ性別なんてまぁどうでもいいやみたいな部分もあるからな。
しかし、ラファエルが白猫でウリエルが黒豆柴と知ってる人間ってどれだけいるんだろうか。
まったくいなかったりして。
そもそもおれのこと。
いまだに地獄の王サタンだって思い込んでる人ばかりなんだが!
今違うのに!
今のおれは、ただ。
大天使たちが集う広場、その中心。
光の大天使ミカエル。
ロイヤルブルーの瞳に恋をしているのに――。
ともだちにシェアしよう!

