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第2話 宗教戦争が起きない国の雄っぱいと同人即売会
地上では、おれのような男を腐男子と呼ぶらしい。
厳密に言えば、天使に性別などはない。
だが、それぞれが自分のアイデンティティーを持っている。
ミカエルやおれは男。
ガブリエルは、あくまで少年だが、成人してるはず……。
ラファエルとウリエルはなぜか小動物。
まぁ、小動物といっても、一応男なんだと思う。
上級天使の代表であるセラフィム様にも他の天使たちと同じようにアイデンティティーがあるらしいが、よくわからない。
天使には、階級が9段階ある。上級天使は、ピラミッドの頂点。
自分たち大天使は下から2番目、意外と平社員。
でも、四大天使のように上級天使とされる熾天使に属している者もおり、人間が思うより上下関係はなくて自由。というか階級って勝手に人間が設定しただけだし、おれたちにはあまり関係がない。
とはいえ、大天使にはとても大事な役割があり、勤勉で個を持つ天使として存在する。
大天使はアークエンジェルとも呼ばれているらしい。
そんな大天使には得意分野があり、それぞれ司るものがある。
ミカエルは戦いを司る。
ラファエルは癒しを司る。
ウリエルは知恵を司り。
ガブリエルは神からの啓示を司ると言われている。
そして俺には地獄の王サタンのイメージしかない!
こんなんじゃ俺がいじめられっ子で中二病こじらせてサタンですって名乗ってたみたいじゃないか!
ふん!
キラキラしてかっこいいもの司っている奴らにはわからない闇がおれにはあるのさ。
「おれの中のサタンが疼いているぜ!」
――そう。それは、同人即売会!
「ルシフェル、今から、あなたと僕でこちらの仕事をこなさねばなりません」
「すまない、ザドキエル! 今日はどうしても有給を使わなくてはいけないんだ!」
「ガブリエルもルシフェルと同じことを言っていましたが……」
「悪いな、その仕事は任せた!」
大天使ザドキエルの言葉も聞かず、顔も見ず、とにかく飛び出す。
地上では、同人即売会場に並び始めている猛者たちがいることだろう。
いや、既にたくさんの人がずらっと並んでいる!
天国は時間の感覚が、地上とは違うから、出遅れてしまった!
もうこんだけ並んでるしなぁ。
先頭には「どんな猛者が並んでいるんだろう」と興味半分で天使の姿のまま羽ばたいていくと。
「カブリエル?」
「……」
なんか、死んだ目のガブリエルがいたから。
声かけそうになったけど、謎の危険を感じたおれは人間に変装して最後尾に並ぶ。
「ガブリエルってかわいいもの好きだと思うけど、この同人即売会に一体どんなかわいいがあるんだ……」
よく考えてみたら、意外とハンドメイド商品が並んでいたり、かわいい絵本が並んでいたりするからな。
フィギュアとかかわいいに分類されるのか?
それともコスプレ?
コスプレイヤーがあんな死だ目で並んでたら何か嫌だな……!
まさかガブリエルが天使コスプレで君臨したりしないよな?
セラフィム様に裁かれないだろうか?
心配になってきた……。
「いやいや、おれは真剣に集中しなくてはならない! 今日は大手サークルがミカエルをメインカプにした新作を出すのだから!」
とはいえ、ミカエルがおれ以外とカップリングされることも多い。
どうしても四大天使の中でくっつけたがる腐女子というのは多く。
腹も立つが、ミカエルが可愛く描かれていることが多いのでなんだかんだ新作を買ってしまう!
だが、どうしても、ラファエル×ミカエルだけは、おれの地雷だ。
ミカラファという逆カプはもっと許せない!
完全に身内ネタだからこそ、地雷は大きい。
「む、むむ」
それなのに、なぜこの表紙のミカエルは、こんなに可愛いんだ。
俺の大嫌いなミカエル×ラファエルの同人誌なのに!
だが、しかし。ここで迷い購入しなければ、二度と出会えないかもしれない。
あとで夢の中に出てきて、やっぱり買えばよかったとなるのが同人誌の宿命。
なぜかあとから気になって気になって仕方ない表紙。
試し読みして地雷だからなぁと思って買わなかったら、なぜか頭に浮かぶ味のある絵に個性のあるコマ割り。
どうしても忘れられない。
あれが恐ろしくて地雷カプの同人誌を買ってきては部屋の本棚に封印してある。
地雷の本棚には穢れが溜まっている! 人間界よりも悪辣な穢れが!
「他の天使にバレたらほんとどうすればいいんだろうか……」
ラファエルから「私の同人誌持ってましたね」ってからかわれて。
ミカエルにドン引きされて。
他の大天使から「あぁやっぱ中二病だったか!」って評価をされるのか!?
「セラフィム様に裁かれたらなんて言い訳をすればいいんだ……」
いつの日かこの罪を裁かれてミカエルの顔がドン引きに染まるのかと思うと。
この立ち止まってはいけない人混みの中でうずくまりたくなる。
しかし、人間。いや、同人即売会の参加者たちは優秀で。
うずくまる者がいたら絶対声をかけてくる。
彼らは異なる推しという神を崇めながらも、それぞれのテリトリーを完全に分け守っている。
そして、全員がこの会場を愛し。
参加者と、推しという神が描かれた本を守っているのだ。
すべての人間が、こんなに結束力があり寛容であるのならば。
宗教間の戦争など起きなかったはずだ。
日本らしく、本の数だけ神がいるというのに。
争い1つ起こさず、地雷を避ける。
時には地雷カプにさえお布施をしてしまう。
この美しい光景が理解できれば、おれが悪いことをしていないということは証明できるはずだ!
――ただ、すっごい雄っぱい。雄っぱい。ピンク祭り!
あれはおれとは無縁だから無視しよう!!!
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