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第5話 口付けに執着してしまった堕天使はどうなるのだろうか
そうか、この暗闇は。
おれは寝ていたのか。
いや、そういえば、さっきなにかあったような。
ここは寝床ではないような。
枕? ん?
目を開けたら、ロイヤルブルーの瞳とばっちり目が合った。
そうか、おれは組み伏せられた嬉しさで気絶したのか。
!?
おれの後頭部がミカエルの膝上で、目の前にロイヤルブルーの瞳があって、よく茂った木が彼の後ろにある。
おれが木陰でミカエルに膝枕されているだと……!
「ご、ごめな……っ!」
おれは慌てて体を起こしたのだが――。
「!!」
頭突きしそうなほど接近してしまった瞬間、やわらかな感触が。
不可抗力にもミカエルのほっぺに口付けしてしまった!
唇が当たりそうになったと焦ったミカエルは口を押え俯いた。
「み、ミカエル……すまない」
「……」
「ミカエル……?」
「……」
さすがに、この様子を見ると悲しくなる。
おれから顔を逸らして、こちらを全く見ない。
黙っている。
そんなに嫌だったのなら、怒ればいいのに……。
その方が、おれだって――。
気付いた時には駆け出していた。
ミカエルを置き去りにして、ただ走った。飛べるのに、ただただ走っていた。
――ミカエルは堕天使になることを恐れただけだ。
大天使ミカエルが堕天使になるなんて許されない。
――それでも。
涙が止まらないまま辿り着いたのは宴会会場だった。
綺麗な音楽と、お酒の匂いだ。
果物の載った大理石のテーブルが美しく並んでいる。
そうか、ここは、ミカエルを送り出す宴か。
「ルシフェル」
小さな白にゃんこがぼやけて見える。この声はラファエルか。
「泣いているのですか? お腹壊しました?」
「天使が腹下すわけないだろう」
「人間だと落ちてるものを食べるとお腹を壊すものですが、何か拾い食いしました?」
「うっさい」
心配してくれているのだろうが、医者としての冗談を言われても。
かまっている余裕なんてないからな!
「ラファエルの冗談でお腹壊したって」
「むっ!」
その隣のずむっとした黒い塊は黒柴わんこのウリエル。ラファエルの冗談を粉砕してくれた。
その言葉を受け、背伸びをし丸くなったラファエルの猫耳がへにゃんとなった。
ラファエル……お前、寝るのか。
「何があったのですか」
おれは、ガブリエルの声でその場に崩れ落ちた。
涙が止まらなくてしゃがみ込むおれの事情を察したのか、ガブリエルは背をさすってきた。
その様子で勘付いたのかは知らないが、ラファエルとウリエルはおれの膝上で鏡餅になっている。
ウリエルの頭上に載ったラファエルは前足を伸ばす。
肉球ですくわれた涙はいくら泣いても止まらない。
「――ミカエル、それはっ!」
ガブリエルの声に、はっとして顔を上げる。
なぜか、同人誌を抱えたミカエルが宴会会場へ入ってきていた。
――その表紙のミカエル×おれの表記は!
あれは――!
おれのだ!!!!
「本が、落ちていたから辿るとここへ」
「!!!」
「ルシフェルの持ち物だと思ったから、すべて拾ってきたんだ」
案の定、爆笑の3天使。ガブリエルは笑いを堪えてうずくまり。
ラファエルとウリエルはわざわざ人間体になると、大袈裟なほど笑い転げるという暴挙に出た。
こ、こいつら……。
さっきまでの優しさは!?
これだから天使なんてっ!!!
「月20万円の給料を貯めて買ったんだぞ! 土ついちゃったじゃないか!」
気付いたら、感情ぐちゃぐちゃでミカエルにキレていた。
奪い取った同人誌を部屋に送る。
動揺しすぎて部屋と繋がる空間からこぼれ出てしまったんだな。
なんという不覚!!
「ごめん」
おれの酷い態度に落ち込んだ様子のミカエル。
謝らせてしまった。
こんな自分には堕天使がお似合いだ。
だからって、ミカエルを堕天使にはしたくない。
それでも、この想いはどうしたら報われるのか分からない。
もし、全てを捨てられたら。
もしも――。
背後からおれの肩を片手で掴んだ真剣な表情のガブリエル。
はっとしたんだ。
なのに――。
ミカエルはおれを抱きしめてきた。
「決して先程のは拒絶じゃなくて、愛し恋する天使同士なのは変わらない」
天使は全てを愛し、全てに恋をする。だから、あえてそこに特別な感情なんてない。
そうか。おれは堕天使だから、こんな穢れた感情を抱くんだ。
おれが、堕天使のままなら。おれが無理やりしたのなら、ミカエルが責めを負う必要はない。
黒く染まっていく翼、離さないミカエルの腕。
「――堕天使が無理やり天使を汚すならそれは堕天使が悪い」
――暗闇、寒いな。
おれは、ミカエルに口付けをして堕天使になったわけだが。
そこは同人誌即売会で、同人を売るが1冊も売れないという地獄だった。
その一方で客が並ぶシャッターに壁。
「おれのミカエル可愛いだろうがっ!」
どんなに願っても売れない。
在庫も愛おしいけど、誰かに分かってもらいたいおれの解釈と愛。
「ミカエル……」
ミカエルはただ眠っているだけ。
おれだけが責めを負って本当に良かった。
――そんな地獄で1000年。
「これください」
はじめての1冊を買ってくれた天使。
「久しぶり」
「ミカエル……」
ロイヤルブルーの瞳が細められて輝く金色のまつげ。
1000年後の天への迎えがミカエルっていうのは。
これも試練なのか、学びなのか。
――1000年眠っていたミカエルと堕天使として過ごしたおれは神界に戻って、再び神に仕える。
おれの同人誌は神界で必ず4冊売れるんだ。
想いが叶ったか。それはわからない。
ただ、ミカエルはおれの耳元で……。
「二度と口づけしないで欲しい。1000年よろしく」
と言った。
そして、おれの髪に口付けをした。
すべてに恋する大天使ミカエル、ロイヤルブルーの瞳――。
そこにある答えなんて、わからない。
でも。
――おれはまたロイヤルブルーの瞳に恋をする。
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