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水族館デート⑨
「碧音さん、こっちに来て」
「え、でも……翠、どこに行くの?」
「いいから黙ってついてきて」
翠のこんな声色を聞いたのは初めてだったから、俺はそれ以上何も言い返せなくなってしまった。今の翠は、なんだか怖い。
ただ翠に腕を引かれ、黙って後をついて行くことしかできなかった。
翠に腕を引かれた俺の目からは、熱い涙が溢れ出す。もう、我慢なんてできなかった。
「うぅ……」
「泣くな、碧音さん」
「でも、でも……こんなのってないよ……」
「だから、泣くなって」
堪えきれず、俺の目からはボロボロと涙が流れ落ちる。いくら涙を拭っても、止まってはくれなかった。
「碧音さん、泣くな」
「うぅッ、すぃ……ふぇ……」
子供のように泣く俺の涙を、シャツの裾で拭ってくれた。伊織はこんな風に、シャツで涙を拭うことなんてしないだろう。きっと、綺麗に畳まれたハンカチで拭ってくれるはずだ。
そう思うと、体が勝手に拒絶反応を起こして「いやいや」をするように首を横に振った。そんな俺を宥めるように、背中をそっと擦ってくれる。これでは、どちらが年上だかわからない。俺は恥ずかしくなって、勢いよく鼻をすすった。
「ねぇ、碧音さん。俺行きたい場所があるんです。ちょっと付き合ってくれませんか?」
「行きたい、場所?」
「はい。この水族館のちょっとした人気スポットなんですけど」
優しく声をかけてくれる翠の顔を見上げると、また涙がボロボロと溢れ出した。
「行こう、碧音さん」
「うん、行く……」
俺が鼻をすすると「子どもみたいっすね」ともう一度、シャツの裾で涙を拭いてくれた。気にせず鼻水まで拭いてくれたものだから、申し訳なくなってしまう。
「歩けますか?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ頑張ってくださいね。少し遠くまで歩きますから」
「うん」
翠が俺の手を取り歩き出す。こんなたくさん人のいる所で男が子どもみたいに泣いたり、男同士で手を繋いで歩いたり……恥ずかしいことばかりの連続だ。
でも俺は翠の手を振り解くことなんてできない。だって今この手を離したら、俺は本当に独りぼっちになってしまうから。
「ふぇ……うぅ……すぃ……」
「泣かないで、碧音さん」
「もう俺……心が壊れちゃいそうだよ……」
そう思うと急に恐怖が襲ってきて、俺は翠の手を自分から強く握り締める。泣き続ける俺の手を引いて、翠はどんどん歩いていくのだった。
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