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水族館デート⑩
翠に連れて来られた場所は、小高い丘の上に建つ展望台だった。
目の前には遥か彼方まで海が広がり、止まることのない波が海岸に押し寄せ続けては引いていく。潮風が俺と翠の髪を優しく撫でてくれた。
それでもここからでは海の深さを測り知ることができず、少しだけ恐怖心も感じてしまう。見つめていると、まるで、この大きな海に吸い込まれてしまいそうだった。
「わぁ、すごい景色だ」
「ですね」
もうすぐ夕方を迎えるこの時間帯は、辺りが夕日に包まれ赤く染まり始めている。水平線に消えていく太陽を見送ることに、少しだけ寂しさを感じた。
泣き過ぎて目元がヒリヒリと痛い。でもこの夕焼けで、この泣き腫らした目を隠すことができるだろうか。
「碧音さん、一番上まで行ってみよう」
「うん」
「はい、手、貸して」
翠が優しく微笑んだ後、俺に手を差し出してくれる。その手をそっと掴んだ後、俺は少しだけ不安になった。
翠は、俺のことを千颯と思っているのではないか? という考えが頭を過る。もしそうでないとしたら、翠は俺の想像していた以上に優しくて気の利く男なのかもしれない。
こんなに優しい翠と付き合わないなんて、もったいないなって思ってしまう。だって、今目の前にいる翠は年下とは思えないくらい頼りがいがある。この優しさに縋りつきたい衝動に駆られた。
「夕日、綺麗だったぁ。ねぇ、また一緒に来ようね?」
「あぁ。また一緒に来よう。今度は、お前の誕生日にでもさ」
「マジで? 超嬉しい!」
展望台の頂上に登れば、数組のカップルが寄り添っていたけれど、すぐに下へと降りていってしまう。そんな仲睦まじい光景を、俺はぼんやりと眺める。気付けば翠と二人きりになっていた。
今日一日、肌がヒリヒリと痛んだ。日差しが強かったから、もしかしたら日に焼けたのかもしれない。夕方になり風が少しだけ冷たく感じられる。そんな潮風が火照った体を冷やしてくれるようだ。
でも今は、心がズキズキと張り裂けそうなほど痛い。痛くて、苦しくて、俺は未だに今自分に起こっている現実を受け止めきれずにいる。
そんな俺に、翠が穏やかな声で囁いた。
「ここはね、願いが叶うって言われている灯台なんです」
「願いが叶う?」
「はい。別名『永遠 の灯台』。ここで永遠の愛を誓ってキスをすると、そのカップルはずっと幸せでいられるっていうジンクスがあるんです。だから、ついさっきまでカップルがたくさんいたでしょう?」
「そうか、だからなんだね……」
翠の言葉に思わず納得してしまう。
「永遠の灯台かぁ」
俺は今自分たちがいる灯台の名を呟く。この灯台は水族館から大分離れた場所に建っている。それでも永遠の愛を求めて恋人たちが訪れるのだろう。
でもそんな灯台に、なんで俺と……?
俺が翠を見上げると、翠は声も出さずに泣いていたから、俺は息を呑む。あの翠が涙を流すなんて……。あの元気な翠が泣いている光景を見ることになるなんて、まったく想像していなかった。
でも翠も、俺と同じ思いをしているんだ。
綺麗な涙が涼しげな目元から溢れて、頬を静かに伝っていく。その光景がとても綺麗で、俺は言葉を失ってしまった。
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