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「手を出すほうがまずいと思いますが」
「サヴァンさんは手ぇ出してないですよ、ミーナさんがいきなり切りつけてきたんです」
「そもそもなぜ武器を? スタンバトンと警棒以外は所持禁止のはずでしょう」
「マテウスが、自分がいない間に奴隷どもを調子づかせるなと手下たちに命令したらしい」
ぼそりとサヴァンが言う。衛生病院というところは、ちゃんと面会ができるところなのかと思う。てっきり牢屋にでも入れられているのかと思っていた。
ユリウスは面倒くさそうな表情だ。シアンの中からもうなにも垂れてこないことを確認し、毒消しと傷薬と丁寧に塗っていく。シアンはまだ起きない。体と頭を強く打っているせいで、脳震盪でも起こしたのかもしれないとユリウスが言っていた。
シアンが言っていたことを思い返す。「口車に乗るな」とは、どういうことなのだろう。
「ねえ、ユリウス。トサカたちがなにか企んでいたのを、シアンは知っていたみたいだ」
シアンは察しがいい。長文になるとノルマ語を理解できないけれど、単語だけなら聞き取るし、理解している。嘘が吐けない性格だから、もしかするとトサカたちがノルマ語でなにかの計画を立てていたのを、シアンが聞いてしまって、それで目を付けられたのかもと説明する。ユリウスはなにも言わなかった。ただシアンの処置を終え、手袋を外してそれを丸めてトレイに置いた。
「先生だって、あの野郎共の所業が許せねえだろ? イル・セーラは仲間意識が強いと聞く。同族にこんなことをされて、業腹なのでは?」
シアンの衣服を整えて、肩まで布団を掛ける。ゆっくりと立ち上がり、ユーリに視線を送る。いつもにはない冷たい目だ。空気が凍り付くような、喉が張り付くような緊張感が走る。
「我々の一族と、ほかのイル・セーラとを一緒にしてもらっては困りますね」
ノッポさんが「どういうことですか」と語気を強めた時だ。どこからともなく薫り高い花の香りがする。嗅いだことがない花だ。ただ、この香りは甘く、身体に浸透していくかのような深みのあるもので、まるで鼻腔を通して脳に絡みつくかのような、ある種不快感にも似た感覚を懐く。
ぐらりと目の前が揺れた気がした。
「赤い目を持つ一族は、奴隷たちとは違うんです」
そう言ったあとで、ユリウスがシアンの額に手を宛がった。
――この光景をどこかで見た気がする。ずきんと頭が痛む。このにおい、そして感覚も、どこかで味わったことがある。
両手で頭を押さえて蹲ったユーリの耳に、ユリウスの冷たい声が届いた。ただ、その言葉はなんだったのか、耳に入り、脳が認識をするよりもはやく剥がれ落ちるかのように記憶から消えていった。
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