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第20話

◇  ルーヴェンは静かに焦っていた。  万能薬のことを知られている。しかも、それが卵であることが。  おそらく、卵の出処までは露見していない。だが──存在を知られた、それだけで致命的だ。  どこの誰が、どうして、その情報を手に入れた──?  箝口令を敷いたはずだ。  あの日、城にいた者には勿論、ノアリスの世話係も、見張り番だってそうだ。  産卵の時に立ち会う医者も、研究をさせてやる代わりに、口外しないよう言いつけている。  ──間者でも、紛れ込んでいるのか……?  しかし、フェルカリアは医療の力が大きい国。その技術を奪われることを懸念し、国に入る者全てが、自身の身分を証明しなければならないようになっている。  少しでも怪しい者は入国を拒否し、一歩も入れないようにしているのだ。 「……有り得ない」  ハッ、と笑ったルーヴェンは、ルイゼン国王の側近、宰相──イリエントを侮っていた。  彼はルイゼンでは天才と呼ばれる神童である。  それを、彼は知らなかったのだ。  イリエントは二十五歳と若いが、宰相までに上り詰めるほどカイゼルからの信頼が厚い。  そして、王にあれほどの軽口をきけるのもルイゼンではイリエントだけである。  的確な判断に、緻密に練られた策。  イリエントが表舞台に出てくるまでもルイゼンは戦でほとんど負け無しだったが、彼が現れてからは一度も負け無しである。  そんな恐ろしい男と、その男が思い描く図を実際に描いてみせる王を相手にしていることを、ルーヴェンは知らない。  愛想のいいイリエントの裏側では、皮肉にまみれた笑顔が隠れていることを。  知らなければ、対策は不可能である。  ルーヴェンはただ一つ、『卵について、これ以上知られるのは良くない』ことだけを念頭に、しかし交渉はどう進めていくかで頭を悩ませた。  ルイゼンが求めるものは、万能薬であり、王子である。  しかし、それはフェルカリアにとって最も重要としているものだ。  差し出せるはずがない。だがしかし、それ以外に良しとしてもらえるものは、今のところ存在しない。  医療の知識と技術。それさえあれば飲んでくれると思っていた。  なぜなら、万能薬──卵の存在を知られているとは知らなかったからだ。 「──っ、くそ……っ」  武力は喉から手が出るほど欲しい。  医療の知識を得ようと、フェルカリアに侵略を考える国は少なくない。   「……勝てない」  ルイゼンと戦をしたとして、勝てる見込みは無い。  ルーヴェンはギリリと奥歯を噛み締めた。  会談が破断し、戦になり国を失うのか、卵、もしくは王子を差し出すか。  一度拳を振り上げ、机に強く叩きつけた。

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