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第58話
カイゼルの腕に抱かれていると、少しずつ胸が安らいでいった。
涙は止まり、ふっと息を吐く。
「すみません、突然、押しかけて」
「いや、構わないさ。むしろ、来てくれてよかった。不安で一人泣きながら過ごしてしまうより、ずっと」
優しい表情で、穏やかな声で、そう言ったカイゼルに、ノアリスはふとイリエントから聞いた彼の過去を思い出した。
彼が一人になった時、誰がその不安な心を安心させてあげたのだろうか。
「カイゼル様……」
「ああ。眠たくなってきたか?」
「いえ……」
「今日は俺のベッドで眠るといい。ロルフも、おいで」
執務室の奥にあるベッドに案内される。
大きなそれに横になるけれど、彼は隣りに腰掛けるだけ。
「カイゼル様は……?」
「……共に眠ってもいいのか?」
思いがけない問いかけに、ノアリスは胸が跳ねる。
こんなにも優しく自分の気持ちを伺ってくれることが有難くもあるが、少し照れてしまう。
「ぁ……も、もちろん、です。ここは、カイゼル様のベッドであって、私や、ロルフのものではありません……っ」
慌てて言い切ったものの、耳の奥が熱を持ってじんじんする。
カイゼルは、そんなノアリスを見つめ、静かに微笑んだ。
隣りに横になったカイゼルとの距離が、とても近い。
「っ、あ、あの……カイゼル様」
「うん?」
「ぅ……」
「……今日は、夢を見ないように俺が傍にいて見守っていよう」
少しトーンが落とされて、静かに落ち着いた声が心地よく鼓膜を揺らす。
「安心して眠るといい。ロルフも傍にいる。ノアリスが起きるまで、ずっとだ」
「……迷惑じゃ、」
「そんなことないさ」
右手を優しく包まれる。
そのあたたかさにホッと力が抜けた。
「カイゼル様は……」
「ああ」
「……不安な時、どうしているの、ですか」
「不安な時、か……」
何かを思い出すように、視線を斜め上に向けた彼は、しばらく考えた後に苦笑を零す。
「ずっと前に、そんな時もあったが……忘れてしまったな。ただひたすら、前を向いていたような気がするが」
「……今は、何も、不安なことも、怖いことも、無いのですか……?」
そっと彼を見つめ、包んでくれている手を柔く握る。
「……いいや、あるさ。不安なことは、そなたが一人で何もかもを抱え込まないかということだな」
「え……」
「怖いことは……そなたが、抱え込んだ不安に押し潰されてしまうことだ」
眉を八の字に下げたカイゼルは、そう言ってノアリスの小さな頭を撫でた。
「何かがあったなら、教えてくれ。俺はそなたを傷つけたくない。何かがなくても、気になったことや、疑問に思ったことは聞いてくれて構わない。答えられることは何でも答えよう。そうすればきっと、知らないことに対する不安は薄れていくだろう」
一国の王が、自分のために時間を割いてくれる。
それも、迷惑では無いと言って。
ノアリスは胸がキュッと締まるような苦しさを感じて、つい顔を顰めた。
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