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第71話

 ノアリスは部屋で一人、ロルフの毛並みを手櫛で梳かしながら、ぼんやりとしていた。  『好き』と言われた。そんな言葉を向けられたのは、生まれて初めてだ。  これまでの人生を思えば当然だ。ろくに誰かに愛されることもなく、ただ利用されて生きてきた。  だから――どう受け取ればいいのか、わからなかった。  好き。  それは一体、どういう感情なのだろうか。  イリエントから妾妃の話を聞かされたときに胸が痛かったのは、関係あるのだろうか。  カイゼルが遠くへ行ってしまうような気がして、嫌だった。  ――それも、もしかして好きだから、なのか?  ノアリスは小さく首を振る。  そんな資格が自分にあるのだろうか。  傷だらけで汚れた自分が、誰かに愛されるなんて。ましてや、国王に。  妻としてこの国にやってきた。  けれどそれは形だけで、まさか心までそうなるとは思ってもみなかった。  不安が胸を締めつける。  不意に、膝に顔を寄せてきたロルフの温もりが、その苦しさをほんの少し和らげた。  指先で柔らかな毛並みをなぞりながら、ノアリスはかすかに微笑む。  ――わからない。でも。 「……うれしい、なぁ」  大きな手に撫でられることも。  大切に触れてくれる指先も。  逞しい体に包まれることも。  どれも、どれも安心できる。  それを与えてくれる人は、彼だけ。  そう感じさせてくれるのは、彼だけなのだ。  けれど、卵は産めても、子供は産めない。  結局は彼のためにならない。  ――それでも。  許されるなら、そばに居たいと思った。

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