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第73話

「わ、私……少し、考えたんです」 「うん? 何をだ?」  ノアリスは胸の奥を探るように、そっと言葉を紡ぐ。 「……妾妃様のことをイリエントから聞いたとき、胸が痛くなりました。陛下が彼女たちのもとへ向かわれる姿を想像したら……遠くへ行ってしまうようで、嫌で……。もしかしてこれは、『好き』ということなのだろうと……」  恐る恐る視線を上げると、カイゼルはわずかに目を瞬かせ──すぐに柔らかな微笑みへと変わった。 「……そうか」 「それに……貴方様に『好き』と言っていただいた時、とても……嬉しかったのです。私にそんな資格はないとわかっていますが、もし許されるなら……そばにいたいと思って」  ノアリスは膝の上で自分の手をぎゅっと握る。  その上から、温かく大きな手が重なった。 「ノアリス」  低く穏やかな声。胸の鼓動が跳ね上がる。 「俺も、もしノアリスが誰かの元へ行くと想像したら……嫌で仕方がない。それは、好きだからだ。きっと同じ気持ちだ」 「……同じ……」  その一言が心に沁み、胸の奥に広がる温もりが不安を溶かしていく。 「余計なことは考えなくていい。俺もただ、そなたのそばにいたい」  ノアリスは頬を赤らめ、小さく笑みを浮かべた。 「そもそも、そなたは俺の妻としてルイゼンへ連れてきた。資格なら誰よりもある」 「っ!」 「もちろん、あの時はフェルカリアから救うためでもあった。……だが本当は──初めて会った時から惹かれていた」 「え……?」 「知れば知るほど、守りたいと思った。だから……この先もずっと、俺に守らせてはくれないか」  頬に触れる手。導かれるように目が合い、逸らせない。  ノアリスはまだ不安を抱えていたが、彼に導かれるように、そっと頷いた。 「……ありがとう」 「……私のほうこそ」  俯こうとしたとき、彼の指先が唇に触れる。  不意の感触に胸が跳ね、視線が泳いだ。 「ノアリス、キスをしてもいいだろうか」 「キ、キス……っ?」 「ああ。キスしたい」  頬が熱くなる。  恐れよりも、その言葉が嬉しかった。 「っ、き、キスは……どうすれば……」 「怖くないなら、目を閉じてみて」  ごくりと唾を飲み、ぎこちなく目を閉じる。 「こ、こう……ですか?」 「ああ。上手だ」  気配が近づく。顎をそっと上げられ──柔らかな唇が触れた。  触れただけの唇はすぐに離れる。  あまりに一瞬で、それなのに鼓動はこんなにも速い。 「ノアリス、大丈夫か?」  囁くように気遣ってくれる声に、胸が震えた。 「はい、とても……優しいもの、ですね」 「はは。そうだな」  視線を逸らそうとしても、顎を支えられ、逃げられない。  真剣に見つめる瞳が熱を帯び、体中に広がっていく。 「もう一度、いいか」 「っ……」  迷う気持ちより、期待のほうが大きくなっていた。  小さく頷くと、再び唇が重なる。今度は少し長く、温度が伝わってくる。 「……ふ……っ」  かすかな吐息が混ざる。  指先に力が入り、彼の服をつかんでしまった。 「可愛いな」  離れた瞬間、熱のこもった声が耳をくすぐる。  ノアリスは顔を真っ赤にして、どうにか視線を逸らしたのだった。

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