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第94話

第三章  ノアリスは静かな部屋で、ブラッドリーとロルフと共にいた。  ルーヴェンがやって来たと報せを受けてから少し。ブラッドリーは細かく震えて脅えるノアリスを可哀想に思って、傍らに膝を着くと「ノアリス様」と優しく声をかける。 「っ、は、はい……」 「ノアリス様のお好きな食べ物は何ですか?」 「た、食べ物、ですか……」 「はい」  少し考えたあと、そういえばカイゼルと共にたべるパンがフワフワで温かかったことを思い出す。 「カイゼル様と一緒に、パンを食べたんです」 「パン?」 「はい。それが……とても、美味しくて。バターも、つけて……」  話しているノアリスの瞳に涙の膜が張る。ロルフがクゥンと鳴いて、その足に擦り寄った。 「塔に、閉じ込められて、いた頃は……味も、分からなく、て」 「……」 「ここで暮らして、皆さんに助けていただいて、とても……とても、あたたかくて」  ポロッと大きな瞳から零れた涙を、ブラッドリーは拭ってはやれない。ロルフはペロっとそれを舐めると、まるで『大丈夫だよ』と言うように、ノアリスに飛びつき、励ますように頬擦りをした。 「ん、ロルフ、ありがとう」 「わふっ!」 「ブラッドリー様も」 「ブラッドリーで構いませんよ」 「ぁ……ぶ、ブラッドリー、も、ありがとう」 「いえ」  ブラッドリーはノアリスの言葉を頭の中で繰り返していた。  塔に閉じ込められていた頃。それはつまり監禁されていたということか。  そして、兄である皇太子にこれほどまでの怯え具合。その塔で何をされていたのかはわからないが、きっとひどい仕打ちを受けていたのだろう。 「では、今日の夕食にもパンを出すように伝えておきましょうか」 「ぁ、だ、大丈夫です。なんでも、食べます」 「特別頑張った日には褒美が必要です。私達も特別厳しい訓練の後には豪勢な肉や酒をいただくんです。頑張った自分を褒めてやらねば」 「でも……」 「しかし、パンか……少し味気ない気もするな……。うん。やはり肉がいい。肉と……デザートを豪勢にしよう」  張り切るブラッドリーに困惑するノアリス。しかし涙は引いている。 「ブラッドリー、あ、あの」 「はい。どうしました」  自分の言葉に耳を傾けてくれる。こうして傍で守ってくれる。  カイゼルと似ているような、しかしまた違う雰囲気の彼に、ノアリスは少しずつ心を落ち着かせていく。 「全部が、終わって……平和になったら、何か……お、御礼を、させて、ください」 「御礼? 何のでしょうか。私はただノアリス様とお話をしているだけだというのに」 「ぁ……そ、それが、嬉しい、から」  両手を揉み俯いたノアリスに、ブラッドリーは幼い子供に感じるような庇護欲が湧いて、穏やかに微笑んだのだった。

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