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第93話
◇◇◇
翌日、ルーヴェンは鎧を纏って現れた。
戦場に立つ者の装いのまま、彼は玉座の間へと足を踏み入れる。
迎えたカイゼルは、すでに玉座に腰を下ろしていた。背筋は真っ直ぐに伸び、肘掛けに置いた腕にも無駄な力はない。だが、その眼差しだけが鋭く、広間の空気をひやりと張り詰めさせている。
「戦時中だというのに──指揮を執る皇太子が、何の用だ」
低く、感情を削ぎ落とした声。
ルーヴェンは一歩進み、型どおりに頭を下げた。
「まずはご挨拶を。カイゼル陛下。このような形で迎え入れていただいたこと、心より感謝いたします」
「前置きは不要だ。要件を話せ」
制する言葉に、ルーヴェンは一瞬だけ目を細める。
すぐに顔を上げ、「では」と短く告げてから、静かな口調で続けた。
「十日間──……いえ、七日間で構いません。ノアリスを、お貸し願いたい」
「……」
「国が揺れています。負傷兵も増え、このままでは戦線を保てない。私が国を離れている今、少しでも立て直す時間が欲しいのです」
沈黙が落ちた。
だが、カイゼルの胸中に迷いはなかった。
――七日間。その間に何をするつもりか。
答えは最初から一つしかない。
卵を産ませる。
そしてそれを使い、兵を癒す。
血を分けた弟を――国の道具として。
肘掛けに置いた指が、ぎしりと音を立てるほど強く食い込む。
「断る」
「陛下」
「ノアリスは――俺の妻だ」
冷え切った声は、鋼のように硬い。
ルーヴェンの奥歯が、わずかに軋んだ。
「一日たりとも、いや……一刻たりとも、手放すつもりはない」
「……」
「血を分けた兄弟であろうと関係ない。戦の都合で連れ去るなど、俺が許すと思ったか」
玉座から注がれる視線は、逃げ場を与えない。
「しかし、陛下。我が国が崩れれば、同盟も瓦解します。力を貸すのは、筋ではありませんか」
その言葉に、カイゼルはわずかに口角を下げた。
「筋を通すために、俺の伴侶を差し出せと?」
「……っ」
「俺はあの子に血のひとつも見せるつもりはない。何も知らなくていい。今はただ、この国での暮らしに慣れてもらうだけだ」
そう言い切り、冷ややかに告げる。
「──無駄足だったな。皇太子。早く戦場へ戻れ」
そうして、扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
カイゼルは、ゆっくりと息を吐く。
胸の奥に溜まっていた苛立ちを押し殺すように。
血も、戦も。
あの子の前に差し出すつもりはない。
王として非難されようと構わない。愚かだと嗤われても。
それでも――伴侶だけは、誰にも渡したくなかった。
第二章 完
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