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第92話

 カイゼルは、いつノアリスの様子が変わってもすぐに対応できるよう、会議の場をノアリスの部屋に設けた。  ロルフは小さくなって俯くノアリスの足元に擦り寄り、まるで『大丈夫』と言うかのように頬を舐めている。 「──フェルカリアの皇太子がこちらに向かっているとか」 「ああ。その件で呼んだ」  呼ばれて現れたブラッドリーは、ちらりとノアリスの様子を確認すると、すぐに視線をカイゼルへ戻した。 「ブラッドリー。そなたにはノアリスの警護を任せたい」 「……つまり、ノアリス様を皇太子殿にお会いさせない、ということですね」 「ああ。それから──俺と皇太子が会っている間、何があってもノアリスを守れ」 「承知しました」  ブラッドリーは一歩近づくと、ノアリスの前で片膝をつき、姿勢を低くする。 「ノアリス様」 「っ、は、はい……」  名を呼ばれ、ノアリスはわずかに顔を上げた。  宝石のような瞳には、隠しきれない怯えが滲んでいて、ブラッドリーは一瞬だけ胸を痛める。 「私が傍におります。必ずお守りいたします。どうかご安心を」 「ぁ……ありがとう、ございます……」  金色の髪が揺れる。  ロルフが不安げにクゥンと鳴き、ノアリスはぎこちなく微笑みながらその頭を撫でたが、指先は小さく震えていた。 「──ノアリス様の警護はブラッドリーに任せるとして、皇太子殿を迎える準備を進めるべきかと」 「ああ。それは後で話そう」  今は何よりも、ノアリスの様子が気にかかる。  震えるその手を、今すぐ包んでやりたかった。 「承知しました」 「では、我々は一度下がります」  二人が部屋を出ていくのを見届けてから、カイゼルは改めてノアリスに向き直った。 「ノアリス」 「っ、は、はい」 「顔を上げてくれ」  おずおずと上げられた顔。  大きな瞳が不安げに揺れながら、カイゼルを映す。 「一度、深呼吸をしよう」 「……はい」 「手を貸してくれるか」  差し出された震える手を、両手で包み込む。  一緒に呼吸を整え、三度目を終えたところで、ノアリスが小さく声を零した。 「カイゼル様……私は、また……ご迷惑を……」 「そんなことはない」 「ですが……」 「大丈夫だ。皇太子殿も、戦の最中に長居はできないだろう。ブラッドリーがそなたから離れることもない。ノアリスは、ここで安心していればいい」 「……カイゼル様……」  ノアリスは、ぽすりと自らカイゼルの胸に額を預けた。  一瞬驚きながらも、カイゼルはそっと細い背に腕を回す。 「カイゼル様……ありがとう、ございます」 「いや……」  抱きしめたまま、金色の髪を撫でる。  安心を与えるように、ゆっくりと、丁寧に。

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