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番外編 最愛の贈り物
小さな天使はしかし、父親にも負けず劣らずお転婆で元気いっぱいだった。
ナディエル・ヴァルゼイン。
ルイゼン国の次期王を担う、尊き存在である。
「ナディ」
「! 母上!」
鈴がなるような柔らかい声で名前を呼ばれ、ナディエルは勢いよく顔を上げると、すぐ近くにいた母──ノアリスに飛びつく。
ノアリスはよくロルフに飛びつかれて転げていたが、ナディの方がまだロルフよりは軽く、ぐっと踏ん張って転がることを防げた。
「お庭で、何をしていたの……?」
「蟻!」
「蟻?」
「食べ物を運ぶのを、眺めていました!」
ノアリスはキョトンとして、ナディエルに手を引かれるがまま足を動かす。
そして先程まで息子が座り込んでいたところまで案内されると、そこにしゃがみ込む。
「蟻、砂糖をあげると、持っていくんです」
「砂糖? まさか、厨房から取ってきたの?」
「そんなことはしません! お菓子をここで食べていて、キラキラした砂糖が落ちたんです。それを、蟻が持って行ったの!」
「ぁ……そうなんだね……。ごめんね、疑うようなことを言って」
「いいえ! 母上、大好きです!」
天使の顔に、太陽の笑顔が浮かんでいる。
ノアリスは胸をきゅんとさせると、おもわずという様子でナディエルを抱きしめた。
「あ、母上、お聞きしたいことが」
「はい。なんでしょう?」
庭の砂場から、フォリーに移動した二人。
ナディエルはノアリスに甘えるように、細い膝に手を乗せて上半身を前のめりにさせる。
「宿題が出されました」
「宿題……お勉強だね。しっかりと学んでいて、えらい。私の誇りだよ」
「んふふ、あの、あのね、ナディの名前の意味を、教えてもらいましょうって、イリエントが!」
ノアリスは目を瞬くと、柔らかい表情になる。
ナディエルはそんな母の顔が好きだった。
とても美しくて綺麗な母。鏡を見れば自分自身も母に似て綺麗だと思う。しかし目の色は父親であり、王であるカイゼルと同じ。
「ナディの名前はね、とても特別なものなんだよ」
「特別?」
「そう。私と陛下にとって、ナディは……本当に特別な存在で……奇跡と言っても、おかしくないんだよ」
「奇跡、ですか? ナディは、普通に生きてるのに?」
「ええ、奇跡なんです」
ノアリスの細い指先が、ナディエルの頭を撫でる。
「私たちに奇跡を与えてくれた。そしてこの国の、未来の希望になってくれた」
「わぁ……」
「貴方の名前には、希望という意味が込められています。私と、陛下が共に考え、名付けました。それこそ、三日三晩悩み続けたんですよ」
「み、みか、みばん……すごい……」
「! ふふっ」
意味もわかっていないが、とにかくすごいと理解したらしい。
そんなナディエルに笑いかけるノアリスは、少し先からこちらに向かってくる夫の姿を見た。
そのすぐ傍には、ノアリスの友の姿も見える。
「ナディ、父上がいらっしゃいましたよ」
「ちちうえ!」
ノアリスの膝からひょいと下りて、カイゼルの元に走る。
ナディエルは腕を広げたカイゼルのその胸に飛びつくと、嬉しそうに柔らかい頬を持ち上げて笑っていた。
「どうした、ナディ」
「父上、みかみばん、すごい!」
「……。みかみばん?」
戸惑いながら、ナディエルを抱きかかえノアリスの元にやってきた王は、助けを求めるように妻を見た。
「ナディエルの名前を決めるのに、三日三晩悩み続けたと、話したのです」
「ああ、なるほど。それで"みかみばん"か」
胸を張るナディエルは、父の頬に自らの頬をくっつけると太陽の笑顔を見せた。
「……なんと、愛おしい子だ。天使が笑うと、こんなにも……」
「私も胸が苦しくなるほどに愛おしくて……」
「ノアリスの小さき頃も、きっとナディのように天使の姿をしていたのだろうな」
「……恥ずかしいです、陛下」
カイゼルもノアリスも、一度は家族を失っている。
だからこそ、この家族団欒の時間を何よりも大切にしていた。
「ロルフ、おいで」
「わふっ!」
時が経ち、少し歳をとったロルフも、彼らの立派な家族である。
ノアリスの膝に顎を乗せて、そっと頭を撫でられると嬉しそうに目を細める。
幸せな家族の図を、知らなかった。
ノアリスは特に、わからないでいたがしかし、この時間が無くなってほしくないと思えるということは、きっとこれが幸せの形なのだろうと思う。
「ロルフ」
「わふっ!」
「ナディ」
「はい、母上!」
「カイゼル様」
「ああ、どうした」
それぞれの名前を呼んだノアリスは、美しく微笑む。
誰もが見とれるような、柔らかい笑顔。
「私に、家族をくれて、ありがとうございます」
笑顔の中に涙が混じる。
それはキラキラと太陽の光に輝いて、虹色にすら見えた。
番外編【最愛の贈り物】 了
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