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番外編 美しき平和の裏で
ブラッドリーは日が沈み、皆が眠りにつく頃、未だ騎士の宿舎で静かに酒を飲んでいた。
大きな戦は終わり、静かな日々が続いている。
カイゼルとノアリスの間にお子が生まれ、二人がてんやわんやしながら子を育てている姿を見るのが、ここ最近の楽しみでもあった。
しかし、本音を言えば、物足りないのである。
長らくの間、第一線を走り抜けてきたブラッドリーにとって、平和な日々は美しく有難いものではあるが、どうにも発散できない滾りがある。
恐らく、第一騎士団としてこれまで勤めていたものは皆同じ気持ちだろう。
誰よりも前へ、誰よりも強く、誰よりも剣を振るう。
そうして生きてきた人間たちだ。この穏やかさがむず痒く感じるのはほとほと仕方の無いこと。
喉を潤してくれる酒はいくら飲んでも酔えやせず、物足りない。
いつだって敵襲に備えて酒は飲んでも飲まれるなを徹底していたせいである。
面白くない毎日に、辟易してくる。どうかこのくだらない日々を彩ってくれる何かはないか。
「──失礼しますよ」
ぼんやりと宙を見ていたブラッドリーは、突然の訪問者に眉を寄せた。
宰相・イリエントである。
彼がこんな夜更けにやってくるだなんて、きっといい事ではない。
「あら、酒があるではないですか。私にもくださいな」
「……何しに来た。ここは騎士の宿舎だ。お前のようなものが来てもいいことは無いぞ」
「そんなこと百も承知です。あなたに話があってきました。私の話を聞きなさい」
「……ハッ、聞いてくれと頼むのではなく、聞くように命令するとは」
ブラッドリーは楽しげに笑うと、空いていた杯に酒を注ぎ、それをイリエントに渡してやった。
「貴方、最近は随分としょぼくれていますが」
「しょぼくれ……」
「暇なのでしょう。私の手伝いをしなさい」
「……お偉い宰相様の手伝いなんぞ、俺に務まるわけがないだろう。俺は騎士だ。王に忠誠を誓った騎士。机上でのことなんか知らない。戦場が俺の居場所なんだ」
「その、貴方が忠誠を誓った主からの命でもありますよ」
杯を煽ったイリエントは、いつの間にか持ってきていた地図を机に広げる。
「ここ、元はフェルカリアの土地です」
「ああ? 馬鹿にしすぎだ。それくらいわかる」
「ここにはまだ、フェルカリアの騎士だった者たちがいる」
「……」
「彼らを、制圧、またはルイゼンの騎士として務まるまで貴方が指南なさい」
「……」
イリエントが指した場所を、ブラッドリーは油の切れた人形のように、ゆっくりと見つめた。
元フェルカリアの土地。そこにくすぶる、かつての敵、敗残兵、あるいは牙を研ぎ澄ましたままの武人たち。
「そいつらは、フェルカリアの王に忠誠を誓っていたのか」
「誓っていたのなら、まだ生きていたルーヴェン王を、まずは助けに来るでしょうね」
つまりは、否である。
「忠誠を誓うことなく騎士になるとは、歪な国だったのだな」
ブラッドリーの唇の端が、不敵に、凶悪に吊り上がった。
忠誠も持たず、ただ強さだけを求めて剣を振るう群れ。主を亡くしてもなお、牙を失わずにくすぶっている野良犬ども。
「面白そうじゃないか。……つまり、王への忠誠ってやつを、俺が力ずくで叩き込んでやればいいんだな?」
「言い方は野蛮ですが、概ねその通りです。彼らを使いこなせれば、我が国の北方の防備はさらに強固になる。陛下もそれを望んでおいでです」
ブラッドリーは一気に残りの酒を煽ると、ドスンと派手に杯を置いた。
不思議なことに、先ほどまでいくら飲んでも酔えなかった安酒が、今は喉が焼けるほど熱く、酷く美味に感じられた。
「よう、宰相様。それには我が第一騎士団を連れて行っても良いのだろうな? 奴らも、あまりにも退屈で、生きているくせに死んでいる」
「無論、連れて行っていただきますよ。明朝には陛下より直々に命が下るでしょう。団員全員を連れて謁見の間へ」
イリエントは満足げに微笑んで部屋を去っていく。
一人残された部屋で、ブラッドリーは愛用の大剣を見つめた。
くだらない平和な夜は、もう終わりだ。
明日からは、あの滾るような戦場 が待っている。
番外編【美しき平和の裏で】 了
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